「情報の科学と技術」2016年4月号 (66巻4号). 特集= 歴史学の転回

特集:「歴史学の転回」の編集にあたって

2016年4月号の特集タイトルは「歴史学の転回」です。
この特集は,日々膨大な量のデジタル情報が生まれ流通する中で,知識や記録,文化資源等を未来に手渡すという使命を持っている図書館や文書館,博物館等が後世に伝えるべき情報とは何か,という問いからスタートしました。情報に関わる私たちの業務は,担当によってその内容が異なるとしても,それぞれは結びついて「情報を必要とする人に届ける」ことを目指しているはずです。けれども,その「届ける」べき情報が何であるかは実は自明ではなく,媒体の区別に基づいて選択することもできないということが,デジタル情報の時代になって改めて明らかになっているように感じます。また,情報を届ける=アクセス可能な状態にするための方法も,技術の進展とともに変わってきています。このように,届けるべき情報をいかにして選び,どのような方法を用いて届けるのかを考えようとするとき,私たちの仕事は誰に届けるためにあるのかを考えずして進むことはできません。
情報を必要とする人が現れたときに,その人が必要とする情報にアクセスできるようにするのが私たちの使命です。その「待ち人」を,今回は歴史家と設定しました。歴史家が歴史を明らかにするためには,過去の事実を伝える史資料が不可欠です。その史資料は私文書か公文書かという文書形式や,アナログかデジタルかという情報形態の別を問いません。また,歴史を明らかにするためには,情報そのものだけではなく,その情報が生まれた文脈や,その情報が果たした役割といった,情報同士の関係性とともに残されていなければ意味をなさないことがあります。情報の保存というとき,保存されるべきものは何で,保存できるものは何か,待ち人が現れたときに「使える」情報であるようにするためには何が必要で,何が不足しているのか,といった問いに答える必要があり,これらの問いに答えるためには,情報の在り方を俯瞰すると同時に待ち人の営みを知る必要があります。
そこで本特集では,国内外の文書,アーカイブズ,図書館,企業の現場に足を運んで研究されている経営史家の和田一夫氏,国全体のアーカイブズの体制への目配りをしつつ広島大学文書館を動かしてこられた小池聖一氏,図書館とアーカイブズの両方を視野に入れて建築アーカイブズのメタデータを研究されている齋藤歩氏,情報の容れ物でありながら情報の文脈を伝えるものでもあるモノとデジタルの長期保存について研究されている矢野正隆氏,東京国立博物館等に勤務されたご経験を持ち,フィールドワークから収集した博物資料等によって情報を伝える博物学を研究されている佐々木利和氏に,それぞれのご専門から,歴史家が必要とする情報を後世に伝える図書館や文書館,博物館の現状と課題を整理していただきました。結果として,どの論考も,私たちの営みの至るべき道筋や,「使える」情報として伝えることを目指すときに立ち戻るべき観点について執筆いただくことになったと感じています。
日々の仕事に追われながらもなお,目指すべき在り様に至るためには,この仕事が誰のためにあり,どのように成されているべきか,という問い直しをやめてはならないと思います。この特集が,情報の収集・整理・保存・提供に関わる人にとって,その仕事の本質に立ち返るための一助となれば幸いです。

(会誌編集担当委員:福山樹里(主査),中村美里,長屋俊,鳴島弘樹,松林正巳,南山泰之)

歴史文書の保存体制について―経営文書の利用者の立場から―

和田 一夫 情報の科学と技術. 2016, 66(4), 143-147. http://doi.org/10.18919/jkg.66.4_143
わだ かずお 東海学園大学 経営学部
〒470-0207 愛知県みよし市福谷町西ノ洞21-233
E-Mail:wadak@tokaigakuen-u.ac.jp        (原稿受領 2016.1.20)
過去の企業経営を知ろうと思えば,経営体が自ら生み出した文書(経営文書)の利用が不可欠となる。ただ日本で文書というと「手書き文書」のみを連想しがちである。しかし複製技術の進展だけでなく,企業規模の拡大もあって19世紀後半から「複製文書」が経営文書の中心になっている。こうしたことを踏まえて,かつ「複製文書」のデジタル化が進行していることを考えにいれながら文書の保存体制を整えていく必要がある。経営文書の保存について,日本の場合を考えて見ると,どこに何が保存されているかという利用者にとって重要な情報さえも整備されていないのが実情である。
キーワード:文書,複製,手書き,情報,企業,経営史

大学アーカイブズの可能性~個人文書を中心に~

小池 聖一 情報の科学と技術. 2016, 66(4), 148-152. http://doi.org/10.18919/jkg.66.4_148
こいけ せいいち 広島大学文書館
〒739-8524 東広島市鏡山1-1-1
Tel. 082-424-6050        (原稿受領 2015.10.5)
大学アーカイブズは,必ずしも全ての大学に設置されているわけでないが,大学の個性に対応した形態をとり,その個性に相応する個人文書を所蔵している。反面,大学アーカイブズでは,これまで機関アーカイブズとして,当該機関の諸記録に目配りすることが忘失されがちであった。その点で,二室体制をとる広島大学文書館では,公文書管理法の政令指定機関となり,公文書の統一的管理を果たす一方,大学史資料室が個人文書を学術的資料として収集・整理・公開し,多様な個人文書を所蔵している。今後,アーカイブズは,全体として検証と底辺拡大の二方向を有しているが,課題は大きい。個人文書については,国立国会図書館憲政資料室,大学アーカイブズ,その他のアーカイブズとの連携による調査・研究機関が必要ではないだろうか。
キーワード:アーカイブズ,個人文書,大学アーカイブズ,大学,国立国会図書館,国立公文書館,第四権,公文書管理法

アーキビストは書誌情報検索システムをどう活用しているか 記述標準から考える

齋藤  歩 情報の科学と技術. 2016, 66(4), 153-159. http://doi.org/10.18919/jkg.66.4_153
さいとう あゆむ 学習院大学大学院人文科学研究科アーカイブズ学専攻博士後期課程
〒171-8588 東京都豊島区目白1-5-1
Tel. 03-3986-0221        (原稿受領 2016.2.8)
本論の目的はアーキビストが書誌情報検索システムをどのように活用しているかを明らかにすることである。そのためにアーカイブズ学における「記述標準」の考え方を整理して検索手段を分析した。はじめに記述標準を三つのレベルに分類してそれぞれの役割を確認した。ここでは1989年にリサ・ウェーバーが提示した分類を用いた。次にその記述標準の活用例を観察した。対象をスミソニアン協会のアメリカ美術アーカイブズの検索手段として,MARCとEADをどのように使い分けているかを整理した。最後に二種類の検索手段の構成要素を比較して,アーキビストによる記述の実践を明らかにした。
キーワード:アーカイブズ学,記述標準,MARC,EAD,EAC-CPF,ISAD(G),DACS,デイヴィッド・ベアマン,リサ・ウェーバー,アメリカ美術アーカイブズ

メディアの保存に関する試論:デジタル・メディアを手掛かりとして

矢野 正隆 情報の科学と技術. 2016, 66(4), 160-165. http://doi.org/10.18919/jkg.66.4_160
やの まさたか 東京大学大学院経済学研究科
〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1
Tel.03-5841-5591 E-Mail:yano@e.u-tokyo.ac.jp        (原稿受領 2016.1.20)
本稿では,デジタル・メディアの保存に関する課題を踏まえて,メディア一般を対象とする保存の在り方を再検討する。まず,一般にメディアは,それが伝える意味内容(メッセージ)とこれを載せるモノ(キャリヤー)の二つの側面からなること,また,そのメッセージには,その内容に当たる側面だけでなく,発信・受信という伝達行為そのものに関わる側面も含まれることを指摘する。次に,メッセージをメディアのどこに見出すかは,受信者によって異なるが,その相異が,博物館・図書館・文書館が収集の対象とするメディアにおいてそれぞれどのように現れるかを考察する。これを通じて,メディア保存の現状に一石を投ずることを目的とする。
キーワード:メディア,保存,メッセージ,キャリヤー,MLA,伝達行為,記号,現物,複製,デジタル化

歴史と記録・記憶を後世に伝える―古い博物館員のくりごと

佐々木利和 情報の科学と技術. 2016, 66(4), 166-169. http://doi.org/10.18919/jkg.66.4_166
ささき としかず 北海道大学 アイヌ・先住民研究センター
〒060-0808 札幌市北区北8条西6丁目        (原稿受領 2016.3.4)
著者の博物館勤務の経験から,現在の博物館・文書館・図書館に通じる問題を指摘する。博物館においては館蔵品のモノとしての特性を熟知している専門職員が重要であるが,取り扱い方法や保存方法など,口伝や見て覚えることによる知識を獲得するには長期間の現場経験が必要であり,大学教育では不十分であるし指定管理者制度にも馴染まない。文書資料も装幀・紙質などモノとしての特性を持つから,図書館・文書館でも事情は同様である。専門知識を持つ学芸員・司書・アーキビストの養成とその知識の総合化の適切な方法を確立することが,記憶を担ったモノを後世に伝えるために急務である。
キーワード:博物館,図書館,文書館,物品の特性,専門職員,養成

次号予告

2016.5 特集=「第12回情報プロフェッショナルシンポジウム」
(特集名およびタイトルは仮題)

  • 特別講演を聴講して
  • トーク&トークを聴講して
  • 3i研究発表を聴講して
  • ポスター発表を見て
  • プロダクトレビュー
  • 連載:インフォプロのための著作権入門,情報分析・解析ツール紹介

など