「情報の科学と技術」2017年1月号 (67巻1号). 特集= 電子書籍のいま

特集:「電子書籍のいま」の編集にあたって

あけましておめでとうございます。
本年も「情報の科学と技術」をどうぞよろしくお願いします。

2017年第一号は「電子書籍」の特集です。「電子書籍元年」と盛んに言われた2010年。それから数年が経過した現在,私たちの身の回りで電子書籍は“当たり前”のものとして使われているでしょうか? 実感としては,コミック等を除いては,まだ電子書籍が一般に普及しているとは言いがたい状況のように思え,もちろん個人差や本の種類による違いはあると思いますが,まだまだ紙媒体の本が広く使われているように感じられます。一方,私たちは普段,電子化された多くの情報(資料)を利用しています。もちろん本も例外ではないはずで,電子書籍リーダーで読書をする人を見かけることが多くなったり,入手できた情報が実は電子書籍の一部だったと気がつくことがあったりと,電子書籍の利用は浸透してきているとも考えられます。そこで今回は,若干捉えどころの難しい電子書籍をめぐる動向を把握し,今後のサービス展開を考えるための特集としました。
専修大学の植村八潮氏には総論を執筆いただき,電子書籍の現状を明瞭に概括していただきました。また,電子書籍というものの捉え方,電子書籍について検討する際に意識すべきことなど,示唆に富む提言を頂きました。京都大学学術出版会の鈴木哲也氏には,紙の学術書と電子版の学術書それぞれの在り方について,具体的な電子学術書籍の制作過程と豊富なご経験をもとに論じていただきました。慶応義塾大学メディアセンターの稲木竜氏には,慶應義塾大学で試行されているディスカバリーサービスやDDA(Demand-Driven Acquisition)から,電子書籍サービスの今後を考察いただきました。ピッツバーグ大学のグッド長橋広行氏・グッド和代氏には,ピッツバーグ大学での電子書籍の利用状況,米国の調査結果から見る電子書籍の利用実態等について論じていただきました。筑波大学の池内淳氏からは,公共図書館における電子書籍サービスの現状や課題,今後の展望等について論じていただきました。
今回のこの特集が,これからの電子書籍について思考・検討する際の一助となりましたら幸いです。

(会誌編集担当委員:中村美里(主査),田口忠祐,古橋英枝)

“電子書籍”の市場拡大と概念拡張

植村 八潮 情報の科学と技術. 2017, 67(1), 2-7. http://doi.org/10.18919/jkg.67.1_2
うえむら やしお 専修大学文学部
〒214-8580 神奈川県川崎市多摩区東三田2-1-1 E-mail: yashio@isc.senshu-u.ac.jp        (原稿受領 2016.11.16)
電子書籍の登場と普及が,印刷技術と物流,物販を基本構造とした産業構造に変革を迫っていることは疑いもない。同時に出版物が担ってきた重要な役割である学術情報の流通や文化的蓄積にも影響を与え,ひいては図書館のあり方や制度設計も変わらざるを得ない。
本稿の目的は,普及が進まないと指摘される電子書籍の現状について解説し,さらに図書館サービスに及ぼす影響や求められる対応について検討することにある。
電子書籍がビジネス競争の単なる道具として利用されるのではなく,学術と文化の発展に寄与するためにどのような方策をとるべきか。現状分析により課題を明らかにし,その上で目指すべきあり方を検討する。
キーワード:電子書籍,電子雑誌,電子出版,図書館,電子図書館

専門知の協同化のためのコンテンツ,メディア,ビジネスを求めて-学術電子書籍の問題点と可能性を検討する実験から

鈴木 哲也 情報の科学と技術. 2017, 67(1), 8-13. http://doi.org/10.18919/jkg.67.1_8
すずき てつや 京都大学学術出版会
〒606-8315 京都府京都市左京区吉田近衛町69 京都大学吉田南構内 E-mail: suzuki@kyoto-up.or.jp        (原稿受領 2016.10.1)
ICTが高い利便性を持つことは疑いない。しかし,学術サーキュレーションの電子化が,教育・研究に負の効果をもたらすという研究もあるように,必ずしも,ICTは,光明ばかりを与えてくれないことを,我々は意識すべきである。その上で,電子化の限界や問題点をどう補完するか,どんな性格のものであればICTが効果を発揮するのかという問題意識のもとに,研究内容や成果発表の目的に応じてメディアを仕分け,コスト/効果,採算性も見極めつつ,学術成果公開にICTを導入すべきである。
本稿では,京都大学学術出版会におけるリッチコンテンツ型電子書籍の実験的取り組み,特にiPadアプリ型電子書籍『わくわく理学』の経験をもとに,学術書籍の電子化の持つ問題点と当面の課題について,具体的に考える。
キーワード:電子出版と知の狭隘化,発表成果の内容と機能に応じたメディア選択,リッチコンテンツ制作の問題点,電子的な成果公開と確定性の担保,専門知の協同化と「専門外の知」

慶應義塾大学における電子書籍の取り組み-ディスカバリーサービスの活用事例-

稲木 竜 情報の科学と技術. 2017, 67(1), 14-18. http://doi.org/10.18919/jkg.67.1_14
いなき りょう 慶應義塾大学 メディアセンター本部
〒108-8345 東京都港区三田2-15-45 E-mail: inaki@lib.keio.ac.jp        (原稿受領 2016.9.28)
慶應義塾大学メディアセンターでは2016年2月にディスカバリーサービスである,Primo Centralを導入した。本稿では,ディスカバリーサービス導入までの過程と運用開始後の電子書籍検索への活用事例について述べる。本学の資料検索システムであるKOSMOSにて大規模電子書籍コレクションの収録タイトルを検索できるようにすることを目的にディスカバリーの導入を進めてきた。サービス開始後はディスカバリーを用いた資料検索により,DDA(Demand-Driven Acquisitions)による資料購入や試読のアクセス状況に基づいた選書などの新しい業務の流れも生まれている状況である。今後,業務面では新たな資料購入フローに伴う購入決定判断の変化,システム面ではディスカバリーに搭載されるメタデータの質や新刊タイトル搭載の即時性やソート順などが課題となる。
キーワード:ディスカバリーサービス,Primo,Primo Central,メタデータ,電子書籍,DDA,試読モデル,選書

米国大学図書館における電子書籍サービス

グッド長橋広行,グッド和代 情報の科学と技術. 2017, 67(1), 19-24. http://doi.org/10.18919/jkg.67.1_19
ぐっど ながはし ひろゆき,ぐっど かずよ ピッツバーグ大学図書館
University of Pittsburgh, 207H Hillman Library 3960 Forbes Ave., Pittsburgh, PA 15260 E-mail: hng2@pitt.edu        (原稿受領 2016.10.24)
米国では電子資料の増加にともない大学図書館の役割が,蔵書構築から学習スペースの提供や更なる学習支援に転換してきている。私たちは電子書籍の増加が図書館サービスの転換を促し,利用者支援を向上させると期待してきた。しかしここ数年の電子書籍を取巻く環境は,私たちが予想していたものとは違うようだ。学生はいまだ紙書籍を好み,電子書籍の読み辛さは改善されず,大学図書館の電子書籍購入予算は減少している。本稿ではその問題と原因を2つの最新の全米調査報告書から探り,大学図書館で電子書籍サービスを支える職員たちの取り組みを報告する。最後に日本語電子書籍への要望を添える。
キーワード:電子書籍サービス,電子書籍の利用,電子書籍,電子資料,米国,大学図書館,図書館利用調査,学生利用調査,教員利用調査

公共図書館における電子書籍サービス

池内 淳 情報の科学と技術. 2017, 67(1), 25-29. http://doi.org/10.18919/jkg.67.1_25
いけうち あつし 筑波大学 図書館情報メディア系
〒305-8550 茨城県つくば市春日1-2 E-mail: atsushi@slis.tsukuba.ac.jp        (原稿受領 2016.12.5)
2011年に「図書館法」が改正された際,公共図書館が収集するべき資料の種別に電子的資料を含めることが明記された。しかしながら,平成27年度の文部科学省委託調査によれば,電子化資料を利用者に提供している図書館は日本全国で約16%であった。さらに,米国では90%以上の図書館が実施している電子書籍サービスについては,日本では,54自治体の図書館が提供するに止まっている。そこで本稿では,(1)出版界と図書館界との関係,(2)都道府県立図書館の役割という二つの観点から,公共図書館に電子書籍サービスを導入することの意義と効果について論じた。
キーワード:電子書籍,公共図書館,出版不況,都道府県立図書館,日本

次号予告

2017.2 特集=「デジタルアーカイブ」
(特集名およびタイトルは仮題)

  • 総論:日本におけるデジタルアーカイブのゆくえを探る
  • 各論1:方法としての著者識別子
  • 各論2:デジタル文化資料の国際化に向けて:IIIFとTEI
  • 各論3:ウェブアーカイブを支える技術
  • 各論4:Europeanaのメタデータ:デジタルアーカイブの連携の基盤
  • 連載:情報分析・解析ツール紹介

など