「情報の科学と技術」2016年3月号 (66巻3号). 特集= 研究倫理

特集:「研究倫理」の編集にあたって

2015年度の最後となる特集は「研究倫理」です。
“科学(学術)情報流通における倫理問題は,実に古くて新しい問題である。問題の現象面に関しては,発生するたびに新聞などの媒体でも報じられているので,ことさら言及する必要はなかろう。問題は,情報技術の進化と共に科学情報流通の速度が急激に速まり,日常生活の様々な側面に影響を及ぼす速度が速くなり,大なり小なり影響を蒙る。~中略~ 我々は不正を単に倫理的に断罪すれば良いのであろうか・・・”
(本紙2001年12月号:特集「科学情報の倫理」前書きより)
前回の関連特集からはや15年近くが経ち,ICT技術の発展により研究活動は大きくその様相を変えています。インターネットのさらなる普及と研究情報のオープン化が進むなか,問題は国境や専門分野を越えてより複雑に,より深化しつつあるように見受けられます。本年1月に閣議決定された第5期科学技術基本計画においても,「研究の公正性の確保」として独立の項目が設けられており,なお起こり続けるこの問題への社会的関心の高さが伺い知れます。
今回の特集では,研究活動において求められる研究情報の共有や公開の意義を改めて整理しつつ,研究者が不正・倫理問題をおこしてしまう背景や,それを防ぐ方法に言及する,という企画趣旨のもと,6人の方々から論考をいただきました。1) 現在の政策面における潮流(科学技術・学術政策研究所 林和弘氏)に始まり,2) 研究データ管理のガバナンス(国立国会図書館 小林信一氏),3) 国際動向(お茶の水女子大学名誉教授 白楽ロックビル氏),4) 査読(同志社大学 佐藤翔氏),5) 学生への倫理教育(同志社大学 岡部晋典氏・筑波大学 逸村裕氏),といった多様な切り口からこの問題を論じていただいております。
本特集が,研究活動に直接携わる研究者や学生,研究支援部門の方々のみならず,広く関心のある方々にとって,この問題をより深く理解し今後のあり方を考える一助となることを期待します。
(会誌編集担当委員:南山泰之(主査),小山信弥,田口忠祐,吉井由希子,古橋英枝,福山樹里,中村美里)

オープンサイエンス時代の研究公正

林  和弘 情報の科学と技術. 2016, 66(3), 98-102.
はやし かずひろ 文部科学省 科学技術学術政策研究所
〒100-0013 東京都千代田区霞ヶ関3-2-2
Tel. 03-3581-0605 E-Mail: khayashi@nistep.go.jp        (原稿受領 2016.1.24)
公的資金による研究においては科学と社会のあり方に基づく研究公正が問われ,ICT環境の進展や市民の関心とともに,研究不正発見が新しい展開を見せている。
 研究公正に対する取組みは研究者を萎縮させるものではなく,健全な研究による科学の発展,産業・文化の構築のために行われるべきものである。オープンサイエンスのムーブメントにより,透明性がより高く,様々な研究への貢献が認められる環境,研究プラットフォームを作り出す可能性が生まれている。研究成果の出版,発信のあり方,研究成果の質の保証の方法が今後大きく変わりうることを踏まえ,研究者が正当に認められ,研究不正が起こりにくい新しい環境を醸成する必要がある。
キーワード:研究公正,研究不正,科学と社会,情報の非対称性,オープンサイエンス,透明性,研究プラットフォーム,研究ログ,追跡可能性

研究不正と研究データガバナンス

小林 信一 情報の科学と技術. 2016, 66(3), 103-108.
こばやし しんいち 国立国会図書館
〒100-8924 千代田区永田町1-10-1
Tel. 03-3506-5193 E-Mail:s-kobaya@ndl.go.jp        (原稿受領 2015.12.17)
2015年度から研究不正の新しいガイドラインが適用され,大学等での研究倫理教育も始まった。そこでは,研究ノート等の研究データの作成・保管が一つの焦点となっている。本稿は,研究不正がなぜ起きるのか,研究不正の定義,研究不正の証明や認定のルールとその中で研究データが重要な役割を果たすことを論ずる。これらのルールが意味することは,かつて研究データは研究者個人の私的領域に属するものだと考えられていたが,公共的領域に属するものになったということである。このことは,研究データの管理や機関の責任にも変化を迫る。さらにオープンデータの動きは,機関に研究データの体系的管理を要請している。
キーワード:研究公正,研究不正の調査と認定,研究記録,研究ノート,データ管理,データガバナンス,オープンデータ

海外の新事例から学ぶ「ねつ造・改ざん・盗用」の動向と防止策

白楽ロックビル 情報の科学と技術. 2015, 66(3), 109-114.
はくらく ろっくびる お茶の水女子大学名誉教授
E-Mail:haklak@haklak.com       (原稿受領 2015.12.7)
研究不正(本稿ではねつ造・改ざん・盗用をまとめて「研究ネカト」と呼ぶ)に対する日本の防止策は,米国に約25年遅れ,現在も,遅れたままである。研究ネカトに対する日本の「関心」はとても低い。「関心」が低ければ,対策も不十分で,知識・スキル・考え方は貧弱になる。本稿では,日本の現状を少しでも良くするために,海外から学ぶ点を指摘した。それらは,米国・研究公正局(ORI),学術出版規範委員会,出版後論文議論サイトの設立・活動・対処であり,また,ミレーナ・ペンコーワ,ドンピョウ・ハン,ディーデリク・スターペル,アンジェラ・エイドリアン,スコット・ルーベンなどの事件例,捕食出版社,査読偽装の新動向である。
キーワード:研究倫理,研究規範,ねつ造,改ざん,盗用,ミレーナ・ペンコーワ,ドンピョウ・ハン,ディーデリク・スターペル,捕食出版社,査読偽装

査読の抱える問題とその対応策

佐藤  翔 情報の科学と技術. 2016, 66(3), 115-121.
さとう しょう 同志社大学免許資格課程センター
〒602-8580 京都市上京区新町今出川上ル 同志社大学渓水館315 号
Tel. 075-251-3454 E-Mail:min2fly@slis.doshisha.ac.jp        (原稿受領 2015.12.10)
近代の学術コミュニケーションを最も特徴づけているのは査読制度の存在である。しかし増大し続ける研究者数とその生産論文数に,査読制度は対応できておらず,限界を迎えつつある。その結果,従来から存在した,査読者による不正や査読者のバイアス等の問題に加え,近年では査読者の不足,詐称査読,投稿者による不正等の新たな問題が起きている。これらの問題に対応するため,Publonsやポータブル査読,オープン査読,査読の質保障等の新たな取り組みが現れている。しかしこれらの延命措置によって査読制度を維持し続けることができるのか否かは現状,未知数である。
キーワード:査読,研究倫理,学術コミュニケーション,オープンアクセス,出版

学生への倫理教育と研究ガバナンス

岡部 晋典,逸村 裕** 情報の科学と技術. 2016, 66(3), 122-127.
おかべ ゆきのり 同志社大学 学習支援・教育開発センター
**いつむら ひろし 筑波大学 図書館情報メディア系
〒602-8580 京都市上京区今出川通烏丸東入 同志社大学今出川キャンパス 明徳館
Tel. 075-251-3277        (原稿受領 2015.12.17)
本稿では,学生への倫理教育と研究者の倫理について述べる。前半では学生への倫理教育のなかで,しばしば問題視されるコピペレポートを取り上げる。具体的には大学の初年次教育が必要になった背景に触れ,コピペレポートに対する方策や機械的な抑止力等について述べる。後半では,研究者の研究倫理,研究ガバナンスについて述べる。近年の研究者を取り巻く状況や,それに関連するさまざまな不正が指摘されている。これらにまつわる事例として,オープンアクセスジャーナルや査読にまつわる問題等とその対応を取り上げる。最後に,不正を起こさせないガバナンスの必要性について述べる。
キーワード:倫理教育,研究倫理,初年次教育,剽窃,ガバナンス

次号予告

2016.4 特集=「歴史学の転回」
(特集名およびタイトルは仮題)

  • 総論:歴史文書の保存体制について
  • 各論1:大学アーカイブズの可能性
  • 各論2:アーキビストは書誌情報検索システムをどう活用しているか
  • 各論3:メディアの保存に関する試論
  • 各論4:歴史と記録・記憶を後世に伝える
  • 連載:インフォプロのための著作権入門,情報分析・解析ツール紹介

など