2014. 9 特集=震災アーカイブ

特集 : 「震災アーカイブ」の編集にあたって

「震災アーカイブ」という活動をご存じでしょうか。
東日本大震災から3年半が経過しました。発生直後から,東日本大震災の記憶や教訓を後世へ継承すべく,東日本大震災に関する文書や写真,映像等の記録を収集し公開する取組みがあらゆる機関によって行われています。現在も続けられているものの「記録をどのように収集するか」,「どのようなメタデータを付与するか」,「権利処理をどのように進めるか」等,技術面,制度面,運用面等で多くの課題に直面しながら,試行錯誤の中取り組んでいるのが実情です。また,東日本大震災の記憶が風化していく中で「記録を誰に・どのように活用してもらうのか」という活用面も大きな課題となっています。せっかく記録を収集し保存したとしても,活用されていかなければ,東日本大震災の記憶を次世代へ継承していくことが難しくなります。
本特集は,東日本大震災から3年半経った今,震災アーカイブという活動を振り返り,東日本大震災を機に始まった取組みだけでなく過去の震災に関するアーカイブも同時に取り上げることで,震災アーカイブと呼ばれる活動の全体像を捉え,少しでも将来の展望を描きたいという思いから企画しました。
今村文彦氏,柴山明寛氏,佐藤翔輔氏には,災害科学や防災の観点を交え,震災アーカイブが抱える課題を「収集」,「整理・保存」,「活用」三つの点から整理・解説いただきました。
国の事例として,諏訪康子氏には,国立国会図書館の東日本大震災アーカイブ事業について,震災アーカイブシステム「ひなぎく」や,記録の収集・保存のための連携協力について解説いただきました。
地域密着型の事例として,坂田邦子氏には,東日本大震災発生直後から被災地で活動を開始した地域コミュニティにおける震災アーカイブについて,地域密着型で活動できることの利点や,コミュニティベースであるがゆえの事業運営面での課題等について解説いただきました。加藤孔敬氏には,東松島市図書館が進める地域住民から震災体験談を収集する取組みについて,現場ならではの工夫や配慮,直面した課題等について解説いただきました。
次に,東日本大震災において無視できない福島第一原子力発電所事故に関するアーカイブの事例です。權田真幸氏,池田貴儀氏,長屋俊氏には,日本原子力研究開発機構図書館の,原発事故に関するインターネット情報にメタデータや分類を付与し整理し,国内外へ発信する取組み等について紹介いただきました。浦上利之氏,志波一顕氏には,日本赤十字社が持つ原子力災害に関する貴重な記録をデジタルアーカイブとして発信する取組みについて紹介いただきました。
続いては,過去の震災に関するアーカイブの事例です。稲垣文彦氏と筑波匡介氏には,主に活用の観点から,新潟中越大震災のアーカイブの取組みについて紹介いただきました。特に図書館,支援団体と有機的に連携したアプローチは,他の震災アーカイブに示唆を与えるものかと思います。稲葉洋子氏からは,氏が立ちあげから運営まで長年にわたり携わられた神戸大学附属図書館震災文庫について,アーカイブの継続・運営の観点から,氏の実体験を交え課題やノウハウについて解説いただきました。
最後に,歴史資料ネットワークの川内淳史氏から,歴史学,アーカイブズの観点から,震災アーカイブの活動の意義や役割,課題や展望について,非常に示唆に富む評価・分析をしていただきました。
紙面の都合から本特集で取り上げることができなかった活動が他にもたくさんあります。震災アーカイブについてもっと知りたくなった方は,他の活動もチェックしていただければ幸いです。
主査自身,国立国会図書館在籍時に「ひなぎく」の開発に携わっていたため,大変思い入れの深い特集です。本特集を機に,被災地に,そして震災アーカイブの活動に少しでも目を向けていただければ幸いです。また,震災アーカイブの「記録を収集・整理・保存・発信し,後世に残す」という活動は,正にインフォプロの活動そのものであるとも言えます。震災アーカイブが大量のデジタル情報と既存のアナログ情報の中で直面している課題は,インフォプロが直面しつつある課題でもあります。本特集が,インフォプロのあり方や,図書館やアーカイブズといった情報機関のサービスの今後について考えるきっかけにもなれば幸いです。
(会誌編集担当委員:白石啓(主査),齊藤泰雄,中村美里,長屋俊,福山樹里)

東日本大震災記録のアーカイブの現状と課題

今村 文彦,柴山 明寛,佐藤 翔輔
いまむら ふみひこ,しばやまあきひろ,さとうしょうすけ 東北大学災害科学国際研究所
〒980-8579 仙台市青葉区荒巻字青葉6-6-11
Tel. 022-795-7513        (原稿受領 2014.6.21)
東日本大震災発災から3年が経過した現在での震災アーカイブ活動の現状を報告する。東日本大震災の発災直後から震災の記憶や教訓を後世へ継承していくため東日本大震災に関する文書や写真,映像等,さまざまな記録を収集し公開する取組みが産官学民などの機関により行われている。これらの活動の中では,課題や問題点も指摘されており,記録方法,整理・保存方法,活用の観点からこの現状を紹介する。特に,東日本大震災の記憶が風化していく中で,どのように利活用を促進していくかも大きな課題である。アーカイブの代表例として,東北大学で実施している「みちのく震録伝」などの活動を例に,被災を繰り返さないアーカイブ活動を紹介する。
キーワード:震災アーカイブ活動,東日本大震災,しなやか(レジリエンス),知識インフラ

国立国会図書館東日本大震災アーカイブ(ひなぎく)の現状

諏訪 康子
すわ やすこ 国立国会図書館電子情報部
〒100-8924 東京都千代田区永田町1-10-11
Tel. 03-3581-2331        (原稿受領 2014.6.20)
「ひなぎく」に関する問い合わせ先
国立国会図書館 電子情報部 国立国会図書館東日本大震災アーカイブ担当
Tel. 03-3581-2331(代表) E-mail. hinagiku@ndl.go.jp
(原稿受領 2014.6.20)
平成25年3月7日,国立国会図書館は「国立国会図書館東日本大震災アーカイブ(ひなぎく)」を正式公開した。
「ひなぎく」は,東日本大震災に関連する音声・動画,写真,ウェブ情報等を包括的に検索できるポータルサイトである。その目的は,大震災に関するあらゆる記録・教訓を次の世代に伝え,被災地の復旧・復興事業,今後の防災・減災対策に活用されることにある。昨年の公開以来,「ひなぎく」は,関係機関との連携により,検索対象を拡大してきた。
本稿では,国立国会図書館東日本大震災アーカイブの概要と今後の課題について述べる。
キーワード:東日本大震災,国立国会図書館,デジタルアーカイブ,災害,ひなぎく

地域コミュニティにおける震災アーカイブ

坂田 邦子
さかた くにこ 東北大学大学院情報科学研究科
〒980-8579 仙台市青葉区荒巻字青葉6-3-09
Tel. 090-4428-6345        (原稿受領 2014.6.17)
東日本大震災に関する震災アーカイブ・プロジェクトが数多く存在するなかで,被災地の地域コミュニティにおけるアーカイブ活動は多くの課題を抱えている。本論では,まず,地域密着型の震災アーカイブ活動である,「311まるごとアーカイブス」,「3がつ11にちをわすれないためにセンター」,「NPO法人20世紀アーカイブ」についてそれぞれ紹介した後,それらを含めた地域コミュニティに内在的なアーカイブ活動が抱える主な課題として,資金不足,人材不足,知識不足などについて述べるとともに,記録と利活用の問題,権利処理の問題などについて検討し,最後に地域コミュニティにおける震災アーカイブの展望について論じる。
キーワード:東日本大震災,アーカイブ,地域コミュニティ

日本原子力研究開発機構図書館における福島原子力事故関連情報アーカイブ化への道のり

權田 真幸,池田 貴儀,長屋 俊
ごんだ まゆき,いけだ きよし,ながや しゅん 日本原子力研究開発機構 研究技術情報部
〒319-1195 茨城県那珂郡東海村白方白根2-4
Tel. 029-282-5740        (原稿受領 2014.6.27)
東日本大震災発災後の日本原子力研究開発機構図書館の状況と,3.11原子力事故参考文献情報やTwitterによる情報発信など,東京電力福島第一原子力発電所事故に関するこれまでの取組みを紹介するとともに,福島原子力事故関連情報アーカイブ化の活動とその特徴について述べる。
キーワード:福島原子力事故,選書,Twitter,アーカイブ,インターネット情報,タクソノミー,国際原子力情報システム

日本赤十字社における「赤十字原子力災害情報センター デジタルアーカイブ」への取り組み

浦上 利之,志波 一顕*1
*1うらかみ としゆき,しば かずあき 日本赤十字社 赤十字原子力災害情報センター
〒105-8521 東京都港区芝大門1-1-3
Tel. 03-6860-8194        (原稿受領 2014.6.18)
東日本大震災に際して,日本赤十字社では,救護班を被災地に送るなどの支援活動を展開した。しかし,放射線下における救護活動について十分な準備と行動基準がなかったため,福島第一原発事故によって,福島県内での救護活動に一時的な制約を生じた。その教訓から,原子力災害における赤十字活動のガイドライン作りに取り組むこととし,その過程で得られた知見を内外に発信するため,「赤十字原子力災害情報センター デジタルアーカイブ」を構築した。本稿では,福島第一原発事故後の対応からアーカイブ構築に至るまでの経緯,アーカイブの機能や特徴,収録されている情報の概要,そして今後の取り組みや課題について述べる。
キーワード:デジタルアーカイブ,原子力災害,福島第一原発事故,日本赤十字社,災害救護

新潟県中越大震災に関する記録の収集と活用 主に利活用の観点から

稲垣 文彦,筑波 匡介*1
*1いながき ふみひこ,つくば ただすけ 公益社団法人中越防災安全推進機構
〒940-0062 新潟県長岡市大手通2-6フェニックス大手イースト2F 長岡震災アーカイブセンターきおくみらい
Tel. 0258-39-5525        (原稿受領 2014.6.20)
2004年10月23日に新潟県中越地震が発生した。この地震の特徴は,地盤災害であり,中山間地の被害が復興の大きな課題となった。被害の大きかった地域では,震災を機に地域を離れる人も多く,人口減少と高齢化が急速に進んだ。この地域では,地域振興も復興の課題となった。
災害から得た教訓を次世代へつなぐため,中越メモリアル回廊が被災地に整備された。地域住民や,得意分野を持つ専門機関が連携して取り組めるよう計画をすすめ,中越防災安全推進機構はそれらをつなぐハブ組織を目指してきた。本稿では,中越メモリアル回廊の資料活用の取り組みを紹介する。
キーワード:新潟県中越大震災,新潟県中越大震災復興基金,中越メモリアル回廊,災害アーカイブ,資料活用

震災記録のアーカイブの運用:「震災文庫」の経験から

稲葉 洋子
いなば ようこ 帝塚山大学 非常勤講師
〒657-0011 神戸市灘区鶴甲3丁目5-27-103
(原稿受領 2014.6.30)
2015年1月で阪神・淡路大震災発生から丸20年を迎える。被災地に立地する神戸大学附属図書館「震災文庫」は,震災の3ヶ月後に震災関係の資料収集を開始,整理・保存・提供,そしてデジタル化における新しい試みを行いながら,インターネットによる情報提供,情報発信を続けている。その活動は,震災記録アーカイブのモデルとして,2011年の東日本大震災においても被災地の図書館等から注目されているが,被災地の,あるいは被災した人々の復興や地震研究には長い期間を要する。開始から20年を迎える「震災文庫」に関わった経験から,震災記録のアーカイブを継続・活用していくにはどのような考え方が必要なのか考察する。
キーワード:阪神・淡路大震災,震災文庫,震災記録,アーカイブ,東日本大震災

「震災資料」保存の取り組みの現状と課題-阪神・淡路大震災から東日本大震災へ-

川内 淳史
かわうち あつし 歴史資料ネットワーク
〒657-8501 神戸市灘区六甲台町1-1神戸大学文学部内
Tel. 078-803-5565        (原稿受領 2014.7.29)
本稿では東日本大震災に関わる震災資料・震災アーカイブに関わる課題と展望を検討した。被災地では震災資料の保存に関心が高いが,その根拠は多くの場合,防災の観点が強調される一方,それ以外の可能性に言及する自治体も存在する。またデジタルアーカイブにより新たな可能性を開いたが,デジタル化になじまない資料の保存などに課題が残る。次に阪神・淡路大震災の事例を検討し,収集資料について研究的側面が不可欠な点,資料収集に際して個人の体験や記憶などを併せて残す必要性を指摘した。震災資料の今後の活用は多様な可能性を考慮する必要があるが,資料の取り扱いの方法論の不在,震災資料の社会的な活用法の検討が課題となっている。
キーワード:震災資料,震災アーカイブ,歴史学,アーカイブズ,東日本大震災,阪神・淡路大震災,デジタルアーカイブ,モノ資料,地域歴史遺産

次号予告

2014.10 特集=「利用者のつながりを生む諸活動」
(特集名およびタイトルは仮題)

  • 総 論:利用者のつながりを生む諸活動
  • 各論1:「コミュニティ・デザイン」とは何か
  • 各論2:コミュニティの場としての公共図書館における取り組み
  • 各論3:ラーニング・コミュニティと大学図書館
  • 各論4:読書とコミュニティ

など