「情報の科学と技術」2016年10月号 (66巻10号). 特集= 読書論

特集:「読書論」の編集にあたって

例年10月になると,「食欲の秋」「スポーツの秋」はもちろん,「読書の秋」という言葉をよく目にするようになります。また毎年10月末から11月にかけては,本に関する様々なイベントが行われる「読書週間」が開催されます。このように,いつも以上に「読書」が身近にある今月は,当誌でも読書に関する特集を組むことにしました。
昨今いくつかの調査等から,いわゆる活字離れや,本を読まないとする「読書ゼロ」層が広まっているという指摘がなされています。しかしインターネットやSNSの広がりで,文字を読む時間は増加しているようにも思えます。また,読書の効果は現在も支持されており,「朝の読書運動」「ブックスタート」など読書習慣を身につけるための取り組みのほか,今回の論考にもあるビブリオバトルや読書会などのイベントは広く定着したといっても過言ではなく,本を読むという行為が大いに楽しまれてもいます。そして最近は電子書籍が普及しつつあり,電子書籍の読みやすさ,楽しみ方もいろいろと追及されている状況です。このような現代の「読書」というものについて,「紙か電子か」といった対立項ではなく,広く多彩な視点から読むという行為を改めて捉えてみようというのが特集の趣旨となります。
まず筑波大学の塚田泰彦氏には,本特集の総論として,本を読むということ,そして読書行為の課題や展望等についてご執筆いただきました。次に,前出のビブリオバトルについて,ビブリオバトル普及委員会の代表も務められている皇學館大学の岡野裕行氏に,ビブリオバトルというものを改めて読書の視点から考察いただきました。東京大学の谷島貫太氏・阿部卓也氏には,東京大学新図書館計画の一環として実施されたハイブリッドリーディングの取組みについてご執筆いただきました。少し視点を変え,読むという行為そのものに焦点をあて,大日本印刷の小林潤平氏には人の眼の動きを踏まえた電子書籍リーダーの開発についてご執筆いただきました。最後に横浜国立大学の石田喜美氏には,読書と密接な関わりがある情報リテラシー教育について,大学図書館での展開を中心にご執筆いただきました。
今回の特集で,改めて読書の面白さなどが伝わり,忙しい日常のなかでも「ゆっくり本を読んでみようかな」と思っていただけたなら,非常に嬉しく思います。

(会誌編集担当委員:中村美里(主査),南山泰之,吉井由希子)

読書の現在

塚田 泰彦 情報の科学と技術. 2016, 66(10), 508-512. http://doi.org/10.18919/jkg.66.10_508
つかだ やすひこ 筑波大学人間系
〒305-8572 茨城県つくば市天王台1-1-1 E-mail: tsukada@human.tsukuba.ac.jp        (原稿受領 2016.7.27)
読書とはそもそもどういう行為なのか。高度情報社会となって,伝統的な読書環境から大きく変貌を遂げた現代の読書環境は,読書や読者をどう変えたのか。これらの問いに答えるために,まず読書関連の用語の定義を再確認することで,伝統的な読書観にもとづく読書行為全体の様相を視野に置いて,読書の心理的過程と社会的文化的過程の両面から現在の読書の偏りや変化をとらえた。次に,読書科学と読書教育研究の歴史をレビューして読書の研究と実践の成果を確認し,そこで得られた枠組みと論点に沿って現在の読書が抱える問題点を4つ抽出し,来るべき読者の立場からその改善の見通しについて論じた。
キーワード:読書,不読者,電子書籍,読解,音読,メディア,読書コミュニティ

ビブリオバトルを通して読書について考える

岡野 裕行 情報の科学と技術. 2016, 66(10), 513-517. http://doi.org/10.18919/jkg.66.10_513
おかの ひろゆき 皇學館大学文学部国文学科
〒516-8555 三重県伊勢市神田久志本町1704番地 E-mail: h-okano@kogakkan-u.ac.jp        (原稿受領 2016.8.11)
ビブリオバトルは複数の人で読書を分かち合い,共有できるという機能を有している。読書のプロセスは,①本に出会う,②本を読む,③本を語る,④本を伝える,と細分して考えることができるが,ビブリオバトルは読書についてのそれらのさまざまな段階を言語化し,読書体験を共有する仕組みであると言える。本を読んでその面白さを語るということは,どこかの誰かのために知的好奇心の種をまく行為であり,ビブリオバトルによって,読書という概念は自分一人だけの静的なものから,複数の人同士の動的なコミュニケーションツールへと変わっていくことになる。
キーワード:ビブリオバトル,分かち合える読書,本のある空間,本との出会い,読書体験の言語化,読書体験の共有

デジタルアーカイブ時代の大学における「読書」の可能性-東京大学新図書館計画における三つの実証実験の紹介

谷島 貫太,阿部 卓也 情報の科学と技術. 2016, 66(10), 518-524. http://doi.org/10.18919/jkg.66.10_518
たにしま かんた/あべ たくや 東京大学
〒113-0033 東京都文京区本郷7丁目3-1 E-mail: kanta.tanishima@gmail.com E-mail: abe3028@remus.dti.ne.jp        (原稿受領 2016.7.20)
本稿では,東京大学附属図書館の「新図書館計画」の一環で実施された,「読書」をテーマとする三つの実証実験を紹介する。一つ目は,専門家の知識をデジタルアーカイブのなかに埋め込み,資料群を構造化することで,図書館利用者と資料との出会いを支援する実験,二つ目は,電子書籍に文献の索引と注釈を機械的に生成する機能を組み込むことで,利用者の読書行為を補助する実験,そして三つ目は,書き込み共有機能を有した電子書籍を用いて,文献講読の授業を行う実験である。これらの実験全体を通して,紙の書物と電子書籍それぞれの特性を適切に踏まえ,両者を創造的に組み合わせた読書環境を構想することの重要性が改めて浮かび上がった。
キーワード:図書館,デジタルアーカイブ,知の構造化,テキストマイニング,ソーシャルリーディング

読み効率を高める日本語電子リーダー設計の試み

小林 潤平 情報の科学と技術. 2016, 66(10), 525-530. http://doi.org/10.18919/jkg.66.10_525
こばやし じゅんぺい 大日本印刷株式会社
〒162-8001 東京都新宿区市谷加賀町1-1-1 E-mail: kobayashi-j3@mail.dnp.co.jp        (原稿受領 2016.7.20)
文章を読み進める目の動きを効率化すべく,非効率な目の動きを改善する様々な仕組みを検討し,効果の検証を重ねた。その結果,文節にもとづく改行位置の調整や,文節単位で文字ベースラインを階段状にずらす表示方式,文節単位で左右に微振動させる表示方式によって,日本語文章を読み進める際の非効率な視点移動を改善できることがわかった。そして,それらの仕組みを電子リーダーに組み込むことで,理解度や読み心地を維持したまま,読み速度を向上できることがわかった。
キーワード:電子書籍,日本語文章,文字レイアウト,読み速度,眼球運動

大学図書館における情報リテラシー教育の可能性-現代社会におけるリテラシー概念の拡張と「つながる学習(Connected Learning)」-

石田 喜美 情報の科学と技術. 2016, 66(10), 531-537. http://doi.org/10.18919/jkg.66.10_531
いしだ きみ 横浜国立大学教育人間科学部
〒240-8501 神奈川県横浜市保土ヶ谷区常盤台79-2 E-mail: ishida-kimi-rm@ynu.ac.jp        (原稿受領 2016.6.19)
近年,大学図書館において積極的に,情報リテラシーに関わる教育活動が行われるようになってきた。一方,1990年代後半から,さまざまな「新しい能力」に関する概念が提案されてきており,情報リテラシーという概念もその拡張を余儀なくされている。本稿では,「新しい能力」の視点から,大学図書館において求められる情報リテラシー教育とはどうあるべきかを検討し,その展望を描きだすことを目的とした。具体的には,「つながる学習(Connected Learning)」の学習論に着目し,本学習論から導きだされる情報リテラシー学習のための学習原理および学習環境のデザイン原理について考察する。
キーワード:大学図書館,情報リテラシー,新しい能力,21世紀型スキル,つながる学習(Connected Learning),ゲーミフィケーション,ゲーム・デザイン

次号予告

2016.11 特集=「個人情報の活用と保護」
(特集名およびタイトルは仮題)

  • 総論  図書館における改正個人情報保護法対応の要配慮事項
  • 各論1 読書通帳サービスにおける貸出記録の利活用をめぐる課題
  • 各論2 企業における個人情報の取扱いの実務
  • 各論3 近現代公文書のインターネット公開における課題と対応
  • 連載:試験問題解説/著作権入門/情報分析・解析ツール紹介

など