2015. 04 特集= 古典籍資料の最前線

特集 : 「古典籍資料の最前線」の編集にあたって

くずし字で書かれた『源氏物語』,刊行年が江戸時代の『南総里見八犬伝』,巻子本の『百鬼夜行図』,豪華絢爛な貼交屏風...このような古く貴重な資料は博物館のショーケースの中でしか見られないものでしょうか。一部はそうかもしれませんが,じつは多くの図書館にも様々な古典籍資料が所蔵され,利用されています。
しかし古典籍資料は現代の新刊書とは異なり,同じ作品であっても内容や書名に相違がある,文字の解読そのものが難しい,古く貴重なものであるため取り扱いに十分な注意を要するといった特徴があり,蔵書の中でも特別なコレクションとして位置づけられていることが多いように思えます。そして多くの図書館等の方は,このような古典籍資料の整理,サービスにどう関わるべきか日々悩まれているのではないでしょうか。
一方,昨今は様々な資料のデジタル化が進んでおり,古典籍資料も例外ではありません。むしろ貴重で一点ものの資料であるがゆえに,デジタル化を行い広く一般に公開していこうという機運が高まっていると言うこともできます。
そこで本特集では,古典籍資料を多く所蔵する機関の方から,デジタル化の動向を踏まえつつ,各組織での古典籍資料に関する取組を執筆いただきました。
まず,杉本まゆ子氏には,宮内庁書陵部における古典籍資料の概要や保存体制,そしてデジタル公開等について論じていただきました。次に,国文学研究資料館の山本和明氏・増井ゆう子氏には,国文学研究資料館のこれまでの事業内容と,昨年から開始された「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」について詳述いただきました。古典籍資料の特徴の一つは,上にも書いたとおり文字解読の難しさにあると言えます。それを補助するツールも発展しており,井上聡氏には,東京大学史料編纂所で構築されている「電子くずし字字典」について論じていただきました。そして古典籍資料のデジタル化と,それに携わる人材の育成という面で先進的な取組を行っている立命館大学アート・リサーチセンターの赤間亮氏には,「ARC国際モデル」について執筆いただきました。このように各論は日本の古典籍に関するテーマに特化しましたが,総論では敢えて海外へ視点を向け,国立国会図書館の菊池信彦氏に,ヨーロッパにおける中世写本デジタル化の動向を中心に,デジタルヒューマニティーズの潮流を論じていただきました。
今回の特集は,古典籍資料の目録の取り方や保存に関するノウハウを記したものではないため,即効性のある課題解決策を提示できているわけではありません。(そもそも,そういうものは無いとも言えますが。)しかし,世界的なデジタル化の動向,そして古典籍資料を多く有する機関の取組をお伝えすることにより,今後皆さまが“古くて新しい”古典籍資料について何かしらの検討を行う際の一助となれば幸いです。
(会誌編集担当委員:中村美里(主査),長谷川敦史,畑野繭子,福山樹里)

デジタル化の「その先」へ
-ヨーロッパにおける中世写本のデジタル化の現状とデジタルヒューマニティーズ-

菊池 信彦
きくち のぶひこ 国立国会図書館関西館
〒619-0287 京都府相楽郡精華町精華台8丁目1番3号
Tel. 0774-98-1306        (原稿受領 2015.2.17)
本稿では,西洋史学にとっての「古典籍」の一つ,ヨーロッパにおける中世写本をテーマに,その「最前線」としてのデジタル化と公開の現状を論じた。ここでは,ヨーロッパにおける資料デジタル化等の統計調査プロジェクトであるENUMERATEの成果や,Europeanaをはじめとする各種のオンラインデータベースからデジタル化写本の公開点数を確認した。さらに,デジタル化の「その先」にある,写本画像の利用実態を知るべく,「研究」「教育」「広報」の3つの観点から,様々なデジタルヒューマニティーズのプロジェクトを論じた。
キーワード:デジタル化,デジタルヒューマニティーズ,デジタルヒストリー,写本,西洋史

宮内庁書陵部における古典籍資料-保存と公開-

杉本 まゆ子
すぎもと まゆこ 宮内庁書陵部
〒100-8111 千代田区千代田1-1
Tel. 03-3213-1111(内 3447)        (原稿受領 2015.1.20)
宮内庁書陵部図書寮文庫の保存と公開に関しての紹介と今後の課題について述べた。図書寮文庫は,大宝律令で定められた図書寮を淵源とし,直接的には1884年に設けられた図書寮を受ける部署である。まず,天皇・皇族の御蔵書を核に,公家や武家の所持していた本,学者の蔵書などが加わって形成された広範な蔵書群の特徴を述べた。また保存の核となる修補係・出納係について,原態を留めることに注力し,状況を悪くしないための綿密な防黴防虫作業を紹介した。
最後に2013年に開始した書陵部所蔵資料目録・画像公開システムの紹介とともに,今後の公開の鍵となるデジタル画像の公開方法について,現状思うことを述べた。
キーワード:宮内庁書陵部,図書寮文庫,宮内公文書館,修補,IPM,出納

国文学研究資料館・日本語の歴史的典籍のデータベース構築について

増井 ゆう子,山本 和明
ますい ゆうこ,やまもと かずあき 国文学研究資料館古典籍共同研究事業センター
〒190-0014 東京都立川市緑町10-3
Tel. 050-5533-2982(増井),050-5533-2650(山本)
(原稿受領 2015.2.21)
国文学研究資料館(NIJL)では,向こう10年間にわたる大型プロジェクトが始まった。計画名称は「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」である。古典籍の画像データベース構築に加えて,それを研究資源とした国際共同研究を実施していく。今後は異分野との融合研究を視野に入れた,より意欲的な共同研究の展開に努めることになる。本稿では,国文研が継続的に実施してきた古典籍の調査収集事業を経てこのプロジェクトがあることや,これまで構築してきた古典籍の書誌データが土台となることについて述べ,かつ今後の展望を紹介したい。
キーワード:国文学研究資料館,国書総目録,画像データベース,日本古典籍総合目録データベース,日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画

東京大学史料編纂所「電子くずし字字典データベース」の概要と展望

井上 聡
いのうえ さとし 東京大学史料編纂所
〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1
Tel. 03-5841-8514        (原稿受領 2015.2.23)
東京大学史料編纂所においては,過去約15年にわたり「電子くずし字字典データベース」の構築に努めてきた。これまでに20万件以上の字形データを集め,出典などのメタ情報から様々な検索を実現している。また奈良文化財研究所の擁する木簡画像データベース『木簡字典』との連携検索の実現や,所外の情報学研究者との協業も推進している。本稿は,これまでに開発してきた諸機能のあらましを紹介するとともに,現在取り組みを強めている課題および今後の展望について紹介するものである。
キーワード:日本史学,データベース,くずし字,歴史史料,機関連携,OCR

立命館大学アート・リサーチセンターの古典籍デジタル化:ARC国際モデルについて

赤間 亮
あかま りょう 立命館大学アート・リサーチセンター
〒603-8577 京都市北区等持院北町 56-1
Tel. 075-466-3411        (原稿受領 2015.2.10)
立命館大学アート・リサーチセンターにおけるデジタル・アーカイブ事業では,デジタル化技術やデータベース開発を独自に行って来た。徹底した公開ポリシーを掲げて所蔵品を公開する一方,国内の自治体や大学,個人の所蔵品のデジタル・アーカイブを実施してきた。その後,海外に展開し,欧米の博物館所蔵の日本美術品・文化財を対象として,急速に進んでいる。現在は,古典籍に重点が移っているが,これはバンジーシステムの開発により,高速化が実現されたからである。また,現地の若手研究者とのコラボレーションと教育的効果を組込んだARC国際モデルが定着し,小さな組織ながらグローバルな展開が可能となっている。
キーワード:デジタル・アーカイブ,バンジーシステム,自炊,和装本,大英博物館,イメージ・データベース

B to C企業の多角化商品分析
-サントリーの事業戦略を探る-

有賀 康裕1),山本 光三2),上野 亮磨3),大森 照夫4),阪口 紘一郎5),都築 泉6)
1)ありが やすひろ インパテック株式会社
〒435-0048 静岡県浜松市東区上西町115-1
Tel. 053-465-3555
2)やまもと こうぞう 株式会社カネカテクノリサーチ
3)うえの りょうま 田岡化学工業株式会社
4)おおもり てるお 東洋紡株式会社
5)さかぐち こういちろう 株式会社メガチップス
6)つづき いずみ 元 大阪工業大学知的財産研究科
(原稿受領 2015.2.23)
「事業化戦略等の判断材料として,特許情報の解析に対する期待は,今後ますます高まるものと考える」との意見があり,この応えに近づく分析を行った。情報源として,非特許,特許,意匠,商標の各情報を使用し,非特許を基礎研究情報,特許を製品開発情報,意匠を意匠創作情報,商標を商品名登録情報,との位置づけにし,その先にある商品を意識した分析を試みた。この結果,多角的な最終顧客商品を販売している企業の事業戦略,商品予測,差別化商品の開発,商標戦略などのマップ分析を行い,各情報を得た。この結果は事業戦略の一部ではあるが,一定の意味のある情報を与えてくれた。
キーワード:特許マップ,事業戦略,特許情報,非特許情報,意匠情報,商標情報,サントリー,基礎研究,製品開発,事業分析

次号予告

2015.5 特集=「インフォプロと地域活性化」
(特集名およびタイトルは仮題)

  • 総論:地域活性化に寄与する公共図書館の役割
  • 各論1:地域活性化に寄与する公共図書館の役割
  • 各論2:「那覇まちのたね」の活動と地域の価値創造
  • 各論3:知的財産権を利活用した地域活性化の取り組み
  • 各論4:宇佐市民図書館の活動と地域活性化
  • 各論5:農文協図書館の農業支援サービス

など