「情報の科学と技術」 抄録

Vol. 61 (2011), No.8

特集=「図書館経営」

特集 : 「図書館経営」の編集にあたって

 先進国において,図書館経営は共通して厳しい状況下にあると言える。いかなる組織も,その国や地域の抱える様々な環境の影響を受けるのは自明のことである。その中で日本の図書館経営における厳しさは,他の先進国の厳しさとは異質の問題を内包する。
 日本においては,高額な人件費,指定管理者制度など図書館経営の本質でない要素が経営を圧迫している。行政評価や大学評価なども無視できない要素である。日本は上位組織からの影響力が大きく,図書館経営に影を落とす。日本で図書館経営を考えるうえでは,欧米の経営構造をどこまで受け入れ,経営組織を構築していくことが鍵となるであろう。さらに,効率的な経営を求めれば,経営学的な評価は必要となるが,図書館は,公共性の極めて高い組織であり,そこで働く人たちは上位組織の構成員であると同時に,公共に対する責務も合わせて要求されるものと理解する。図書館員自らも公共的責務を念頭におき「図書館を運営する」「図書館を経営する」という意識を持ち業務にあたる必要があるのであろう。
 今回の特集では,数ある経営の領域から,「経営戦略」「人材育成」「業務管理手法」「マーケティング」「資金獲得」の5つの領域に絞り,論じていただいた。
 本特集の総論としても位置づけられる慶應義塾大学小泉氏の論考では,「経営戦略」を,「経営戦略の概念」とともに,「図書館における経営戦略の重要性」について論じていただいた。「人材育成」は,横浜市職員の入舩氏に横浜市立図書館で作成された「横浜市立図書館司書人材育成計画」に関し,日本で最大の人口を抱える市の図書館として,司書をどのように育成する計画であるかを,検討過程から論じていただいた。
「業務管理手法」では,鶴見大学図書館事務長である長谷川氏から,大学図書館における業務管理手法について論じていただいた。九州情報大学南氏からは,重要性が指摘されながらも,まだあまり行われているとはいえない「マーケティング」の必要性について論じていただいた。「資金獲得」については,実例を交えながら,図書館として資金を獲得する意義を明治大学中林氏に論じていただいている。
今回の論考がこれからの「図書館経営」を考える契機となり,また参考になれば幸いである。
最後に総論を執筆いただいた慶應義塾大学小泉公乃氏にはお忙しい中,示唆に富むご助言をいただいた。記して感謝の意を表したい。
(会誌編集担当委員:小山信弥(主査),立石亜紀子,中村美里,松林正己)

図書館経営における経営戦略論

小泉 公乃
こいずみ まさのり 慶應義塾大学文学研究科 図書館・情報学専攻
〒108-8345 東京都港区三田2-15-45
Tel. 03-5427-1574(内線:23101) (原稿受領 2011.5.23)

 本稿の目的は,1)経営戦略という概念,2)営利企業を対象とした経営戦略論と図書館経営,3)図書館固有の経営特性という観点から,図書館経営における経営戦略論とは何かについて論じることにある。まず始めに,経営戦略は経営の各領域を統合する概念であることを述べる。次に,1)営利企業を対象とした経営戦略論の中でも,複雑あるいは急進的に組織を変える理論を図書館に適用すると問題が生じやすいこと,また,2)特に図書館はマーケティングの領域が不得意であるが,一方で,3)組織に漸進的な変化を求める経営戦略論は比較的成果を上げていることを説明する。そして最後に,図書館固有の経営特性を経営の各領域に触れつつ経営戦略の観点から論じる。

キーワード: 図書館経営,経営戦略論,経営組織論,マーケティング,イノベーション,財務管理,営利組織,非営利組織

横浜市立図書館司書人材育成計画について

入舩 康子
いりふね やすこ 横浜市都筑区こども家庭支援課(元・横浜市中央図書館企画運営課)
〒224-0032 横浜市都筑区茅ケ崎中央32-1
Tel. 045-948-2463(原稿受領 2011.6.20)

 図書館サービスを取り巻く環境変化や新たな課題に対応しつつ,キャリア形成の段階に応じて能力を発揮できるよう,横浜市立図書館司書職員を対象とした育成計画が策定された。この計画では,基本的な図書館業務を維持しつつ,「自らキャリアビジョンを構築,実現しつつ,本来の専門的能力を発揮し,高い市民サービスを提供できる人材」「図書館に求められるサービス・施策を企画・実施するとともに,将来的には図書館をマネジメントしていくことのできる人材 」の育成を基本的な方向とし,(1)司書の企画立案,実行能力の向上,(2)専門的研修体制の再構築,(3)司書の人材育成のための体制・しくみづくりの検討に取り組むこととした。

キーワード: 横浜市,図書館,人材育成,研修,計画

図書館のマーケティング活動
−その意義と課題−

南 俊朗
みなみ としろう 九州情報大学経営情報学部・附属図書館,九州大学附属図書館研究開発室
〒818-0117 福岡県太宰府市宰府6-3-1
Tel. 092-928-4000(原稿受領 2011.5.30)

 マーケティングは経営にとって必要不可欠なテーマである。図書館のミッションが情報や学習に関する利用者ニーズに応えることにあることを考えると,利用者ニーズを的確に捉えるためのマーケティング活動は極めて重要である。本稿では,図書館におけるマーケティング活動の現状をアンケート調査結果に基づいて考察し,その結果を踏まえて,これからの図書館マーケティングへの展望や課題,そしてその解決策を探る。図書館マーケティングはその重要性にもかかわらず,未だに未開拓の分野である。今後,より多くの図書館関係者がアイディアを出し合い,試行を重ね,より現実的で実効性のある手法の確立へと発展させていくことが求められている。

キーワード: 図書館マーケティング,承合調査,データ解析,データマイニング,ユビキタス情報化社会,モバイルサービス

変化への適応:大学図書館における業務分析と業務管理手法

長谷川 豊祐
はせがわ とよひろ 鶴見大学図書館
〒230-8501 横浜市鶴見区鶴見2-1-3
Tel. 045-580-8266 (原稿受領 2011.5.31)

 設置母体における経営環境の悪化に伴い,図書館でも「管理」が注目されている。はじめに,外部環境と内部環境の変化と,図書館に求められる機能と能力について以下の2点を明らかにする。1)図書館は,経営資源が縮小しているにもかかわらず,利用対象と機能を拡大したサービスを迫られている,2)図書館全体としては,経費と職員は減少傾向にあるが,増減の多少は個々の館で大きな差がある。従って,図書館には,場当たり的な彌縫策ではない業務改革や業務管理が求められる。そこで,業務管理の手法として,SWOT分析とバランスト・スコアカードの概要について解説する。

キーワード: 大学図書館,業務分析,業務管理,SWOT分析,バランスト・スコアカード

図書館運営費の安定確保に向けて

中林 雅士
なかばやし まさし 明治大学 学術・社会連携部図書館総務事務室
〒101-8301 東京都千代田区神田駿河台1-1
Tel. 03-3296-4441(原稿受領 2011.5.23)

 大学財政規模が縮小する中,図書館運営予算も削減を余儀なくされている。加えて,大学間の競争は激しさを増しており,図書館はこのような環境変化の中で,自らのミッションを堅持しつつも,新たな環境に適応する必要に迫られている。直近の課題の1つは,図書館運営費の安定確保である。図書館を取り巻く多くのステークホルダーに対する社会的責務を果たすためには,財政問題を避けては通れない。本稿では,図書館運営費の安定確保について,図書館と国庫助成,図書費,業務委託費を取り上げつつ考察する。

キーワード: 国庫助成,一般補助,特別補助,図書費,業務委託費

プロダクトレビュー:SciFinderの新機能
 −SciPlanner機能とソートオプションの強化−

村野 亮
むらの まこと 化学情報協会 情報事業部
〒113-0021 東京都文京区本駒込6-25-4 中居ビル
Tel. 03-5978-3601(原稿受領 2011.6.3)

 SciFinderは,Chemical Abstracts Service(CAS)が開発したオンライン検索サービスである。化学関連分野を中心に幅広い科学情報を提供しており,現在世界中の企業および教育機関の研究者に利用されている。SciFinderは機能強化およびシステムの改良を重ね,現在ではWeb版の利用が主流になりつつある。本稿では,SciFinder(Web版)の最近の強化点として,SciPlanner機能,ソート機能の強化,SciFinder Mobileを紹介する。

キーワード: SciFinder,SciFinder(Web版),SciPlanner,ソート機能,SciFinder Mobile
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