「情報の科学と技術」 抄録

Vol. 59 (2009), No.8

特集=「情報バリアフリーとしてのユニバーサル・サービス」

特集 :「情報バリアフリーとしてのユニバーサル・サービス」の編集にあたって

 ユニバーサル・サービスは,障害を持つ人びとのためだけはなく,すべての人びとのためにあり,生活を維持する基盤である。こうした認識は最近でこそ誰もが間接直接実感を伴って感じている方々も多かろう。
 バリアフリーは,すべての人が共有する問題である。誰も加齢とともに心身に不具合が起こり,加齢現象に歯止めは利かない。さらに不測の事態で,心身に傷害を被り,障害を持つ身になる可能性も高い。アメリカは世界の紛争地域にたえず軍隊を派遣している関係で,退役軍人会(ヴェテランズ)の求めに応じて,ユニバーサル・サービス法をいち早く確立し,建築や都市計画などのハード面のみならず,障害者が自立するための教育や労働環境にもリハビリテーション法で十二分に配慮している。こうしたユニバーサル・サービス環境を統合的に実現することは,単に社会的制度面だけではなく,さまざまなビジネス・チャンスでもあり,さまざまな学会・企業・団体等が熱心に活動に取り組んでいる。特に学習権の確保と維持は,後天的に障害を得た人には重要な社会適合への契機と場となる。それにはまず学習権の確保が最優先で,図書館を含めた情報機関や教育機関への対応が最重要である。わが国でもやっと「読書バリアフリー法制定」の動きなどがやっと始まった。
 弊誌では「バリアフリーとユニバーサルデザイン」(50巻3号)と「図書館のリニューアル」(55巻11号)で取り扱ってきた。本号では過去の特集を踏まえて,さらに時代の要求と現状の動向レビューをお願いし,知見をさらに深めていただく。今回は不可視な対象である法律や社会制度をも視野に入れ,日本のユニバーサル・サービスが根源的に検討されない原因にも肉薄した総論である関根論文は,本特集を総括して余すことがない。さらにサービス現場の情況を具体的にご報告いただいた。本号で特筆すべきは,全盲の著者杉田正幸さんをお迎えできたことで,情況認識を精緻にできる機会を得,大変嬉しくかつ光栄に思い,ご紹介して趣旨の説明に代える。
(特集担当編集委員 松林正己(主査),川瀬直人,野田英明,木下和彦)

図書館サービスにおけるユニバーサルデザイン

関根 千佳
せきね ちか 潟ーディット(情報のユニバーサルデザイン研究所)
〒227-0061 横浜市青葉区桜台3-67
Tel. 045-989-5173(原稿受領 2009.5.29)

 図書館の役割とは,市民に情報を提供することである。社会を構成する市民の中には,年令や能力,背景などの環境において,多様なニーズを持つ人々が増えてきている。日本は2009年現在,イタリアを抜いて世界で最も高齢化の進んだ国となった。加齢が進み,視覚や運動機能などに制限のある市民の増大と, ITの進展で新たな読書環境が出現する中で,その「読書」を支援する体制やサービスは,どのようなものが求められているのだろうか?本稿では,特に米国における図書サービスを中心に,読書障害(Print Disability)への対応について,デジタル化が進む図書館サービスの将来像をユニバーサルデザインの観点から論じる。

キーワード: ユニバーサルデザイン,読書障害,アクセシビリティ,電子ブック,デジタル図書館

情報障害のある人への支援の現状と課題
 −視覚と聴覚の両方に障害のある人(盲ろう者)へのパソコン支援を中心に−

杉田 正幸
すぎた まさゆき 大阪府立中央図書館
〒577-0011 大阪府東大阪市荒本北1-2-1
Tel. 06-6745-9282(原稿受領 2009.6.11)

 視覚と聴覚の両方に障害のある重度の人(盲ろう者)は,「移動」,「コミュニケーション」,「情報」の3つの障害がある。盲ろうとはどういう障害か,盲ろう者のパソコン環境とはどういうものかを概説した上で,大阪府立中央図書館などでの筆者のパソコン利用支援の経験やそれらを支援する人たちの養成を紹介する。また,2009年3月に筆者がアメリカでの盲ろう者の情報機器の状況や支援の状況を視察した。米国での盲ろう者の状況を紹介した上で,日本で今後,必要な支援や求められていることについて考える。

キーワード: 盲ろう者,障害者,公共図書館,米国,インターネット,テクノロジー,情報コミュニケーション技術(ICT)

出版メディアにおけるユニバーサル・デザインの現状

近藤 友子
こんどう ともこ 国立民族学博物館 情報管理施設 情報サービス課 司書
〒565-8511 大阪府吹田市千里万博公園10-1
Tel. 06-6878-8271 (原稿受領 2009.6.1)

 日本の出版界においては,読者層に障害者を包摂するような視点がみられない。昨今の厳しい出版状況では,障害者向けの出版物に目を向けていくことは難しいのかもしれない。アメリカの場合はリハビリテーション法504条により,障害を持つ人に対する差別の禁止がうたわれている。電子書籍や録音図書などを墨字資料と同じように販売することで,障害による差別をなくして,出版の枠を広げる機会としている。最近の日本においても,バリアフリー出版などの動きが少し見られるようになってきた。本稿では,日本の出版物におけるユニバーサル・デザインへの取り組みを検討していく。

キーワード: 電子書籍,音声訳,リハビリテーション法504条,ユニバーサル・デザイン,マルチメディアデイジー図書

図書館の多文化サービスについて
 −様々な言語を使い,様々な文化的背景を持つ人々に図書館がサービスする意義とは−〜

小林 卓*1, 高橋 隆一郎*2
*1こばやし たく実践女子大学
〒191-8510 東京都日野市大坂上4-1-1
Tel.042-585-8817
*2たかはし りゅういちろう 東京学芸大学附属図書館
〒184-8501 東京都小金井市貫井北町4-1-1
Tel.042-329-7225
(原稿受領 2009.6.1)

 本稿では,まず,民族的,言語的,文化的少数者(マイノリティ)を主たる対象とする図書館サービスである多文化サービスの発展経緯を公立図書館,大学図書館それぞれについて,少し詳しく述べた後に,その意義について,1)知る権利,2)コミュニティの構成員としてのマイノリティ,3)人権の尊重,4)障害者サービスとの共通性,の4つの観点から論じる。続いてこの問題についての国際人権の動向や国際機関の動きを記し,それらを踏まえることの重要性に触れ,最後に,今後私たちが図書館関係者として,自分たちの関わるコミュニティ(地域・大学)において多文化サービスに関わっていく際に踏まえておくべきことについて提言を行う。

キーワード: 図書館,多文化サービス,多言語,言語権,国際図書館連盟

公共図書館における障害者サービスの動向と現状
 −名古屋市図書館の事例−

鈴木 崇文*1, 阪口 泰子*2, 藤本 昌一*3, 山田 久*4, 田中 敦司*5
*1すずき たかふみ 名古屋市山田図書館(1担当)
*2さかぐち やすこ 名古屋市楠図書館(2担当)
*3ふじもと しょういち 名古屋市名東図書館(3担当)
*4やまだ ひさし 名古屋市鶴舞中央図書館(4担当)
*5たなか あつし 名古屋市名東図書館(5担当・代表)
〒465-0012 名古屋市名東区文教台2丁目205
Tel. 052-773-8200(原稿受領 2009.5.21)

 公共図書館における障害者サービスは,少しずつではあるが進んできている。ただ,自治体によってそのサービスの方法や広まりには差がある。名古屋市図書館では,比較的早い時期からこれらのサービスを開始している。その例として,対面読書と郵送貸出を取り上げる。また,試みたもののあまり成果の上がらなかった方策も例示する。これらを通して,公共図書館での障害者サービスの実状を紹介する。ここで,障害者サービスという言葉については,「図書館利用に障害のある人びとへのサービス」ととらえていることをお断りしておきたい。

キーワード: 公共図書館,障害者サービス,名古屋市図書館,対面読書,郵送貸出

連載:オンライン情報検索:先人の足跡をたどる(17)
オンライン検索以前を振り返って

固武 龍雄
こたけ たつお 固武技術士事務所
〒223-0058 横浜市港北区新吉田東5丁目4-5
Tel.045-542-0854(原稿受領 2009.4.14)

 オンライン検索が始まる以前に行われていた検索,即ち,手めくり調査,ハンドソート・パンチカード,マシンソート・パンチカードを用いた検索から,コンピュータを使用したバッチ検索までを,私の経験したことを中心として振り返ってみる。手めくり調査のなかでも,特色のあるユニターム方式での検索やピーカブー・カードについても解説する。その他,マイクロフィルムによる検索や化学構造式を蓄積,検索するのに用いられたWLNにも言及する。

キーワード: 検索手法,パンチカード,ユニターム・カード,ピーカブー・カード,KWIC索引,マイクロフィルム,WLN
ページの先頭へ Copyright (C) 2009 INFOSTA. All rights reserved.