情報の科学と技術
Vol. 51
 (2001) ,No.12
特集=科学情報の倫理


特集「科学情報の倫理」の編集にあたって
 (特集担当委員:
          松林正己,遠山美香子,峯尾幸信,村上勝美)

科学(学術)情報流通における倫理問題は,実に古くて新しい問題である。問題の現象面に関しては,発生するたびに新聞などの媒体でも報じられているので,ことさら言及する必要はなかろう。 問題は,情報技術の進化と共に科学情報流通の速度が急激に速まり,日常生活の様々な側面に影響を及ぼす速度が速くなり,大なり小なり影響を蒙る。特に科学情報を蓄積して提供するデータベースに,不正行為によって作成された著作を納めたり,その書誌情報を収録した場合,どのように対処すべきなのだろうか。単に知的剽窃として法的処理だけに依存すれば良いのであろうか。不正行為に伴う事後への影響は計り知れない。特に医学情報に関われば,誰かの人命すら危うくしかねない重大な問題である。今年も人文社会科学のみならず科学情報の流通過程での不正行為がマスコミでも報道され続けている。我々は不正を単に倫理的に断罪すれば良いのであろうか,いずれの分野にしろ不正行為は先端的レヴェルの研究者が介在している確率が高い。不正行為の事後処理の適切さとは何か,を含めて対応を考究できる契機が必要なのではなかろうか。このような背景をもとにして,日本のリサーチ・フロントを担う諸学会でも研究者の倫理規定を定めたり,あるいは定める作業を進めている。これはいわば川上の問題であるが,われわれが直面する情報流通の流れや川下のエンド・ユーザーにも看過できない対応を迫るのは事実だ。そこで本特集では,科学情報における不正行為の現状を先進の欧米における対応策を踏まえて,報告して頂くことにした。明るくない話題が多かった21世紀最初の年を閉じるにあたって重要な課題を執筆者,読者諸賢と共に再考,熟慮できれば幸いである。

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科学の不正行為への生態学的アプローチ
山崎茂明* 
*やまざき しげあき 愛知淑徳大学文学部図書館情報学科
 〒480-1197 愛知県長久手町片平9
 Tel. 0561-62-4111(原稿受領 2001.10.1)

科学の不正行為は,氷山の一角であり,それは予想をこえて科学界に広く浸透している。日本では,政府,助成団体,大学,学界などは,不正行為の存在を認めたがらず,組織的な対応ができていない。アメリカにおける研究公正局(Office of Research Integrity)のような機関も存在せず,研究者の関心も低い。本稿では,Medlineデータベースをもちい,まず不正行為にかんする文献数を示し,そして不正行為の出現数,オーサーシップ,重複出版,不正行為の定義について主要な文献を紹介し,このテーマへの接近を意図している。

キーワード:電子ジャーナル,電子的出版物,契約,公的機関

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科学技術における倫理問題
横山輝雄* 
*よこやま てるお 南山大学人文学部
 〒466-8673 愛知県名古屋市昭和区山里町18
 Tel. 052-832-3111(原稿受領 2001.9.26)

工学系の学協会が倫理綱領を制定するなど,近年科学技術をめぐる倫理問題が関心をもたれている。大学の工学部などで「工学倫理」ないし「技術倫理」が問題となっている。その中には,システム管理としての倫理,新技術をめぐる倫理,価値選択としての倫理の三層の問題を区別できる。また科学技術の倫理問題の背景には,科学と技術の二つの異なる伝統からくる「特許権」と「先取権」というこれまでの区分が,とりわけ情報科学で成り立たなくなったことや,医療における「インフォームド・コンセント」や行政の「情報公開」と同じ,専門家に対する社会の参加要求という時代的変化がある。

キーワード:倫理問題,工学倫理,技術倫理,科学倫理,情報倫理,特許権,先取権

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医学雑誌の科学情報倫理―邦文誌編集委員の立場から―
佐治重豊* 
*さじ しげとよ 岐阜大学医学部第2外科
 前日本消化器外科学会雑誌編集委員長
 〒500-8705 岐阜県岐阜市司町40
 Tel. 058-267-2263(原稿受領 2001.10.3)

科学情報倫理の中で医学雑誌に関連する問題として,医学と言う特定分野での基本倫理を紹介した上で,編集・査読者と執筆者からの倫理問題を概説する。基本倫理では医学雑誌は医療関係者を対象に執筆・出版されているため,特定の購読者に対する相互理解と啓蒙が主目的である。しかし,出版後は医療行政面や医療行為の適切性の評価にも用いられ,インターネットを通じて患者や患者の家族も情報入手が可能となり,新たな倫理が生じている。編集・査読者としては審査機構の質が問題となるが,採用・不採用の判定段階で「不良論文を見逃すエラー」と「新しいアイデアと独創性に満ちた論文を不採用にする危険」,査読上のsingle blindとdouble blind制の是非などがある。著者の倫理として基礎・臨床研究段階での倫理,高度先進医療や臨床研究での学内倫理委員会,医薬品臨床試験でのIRBとGCPの遵守,投稿段階での二重投稿の禁止などである。さらに,標準的な邦文誌として著者の属する日本消化器外科学会雑誌での現況を紹介する。

キーワード:医学雑誌,基本倫理,情報科学,著者・査読者・編集者,二重投稿

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特許情報及び特許における倫理
中村宗知* 
*なかむら むねとも 三菱製紙樺m的財産部
 〒125-8525 東京都葛飾区東金町1丁目4番1号
 Tel. 03-5699-5519(原稿受領 2001.10.15)

公開特許公報には発明者の倫理が反映する。権利関係に影響する倫理上の問題として,冒認出願による発明及び公序良俗に違反した発明は,特許を受けることができない。権利関係に影響はしないが,技術者として倫理上特許明細書に記載をさけるべき事項もある。また,今日のバイオテクノロジーの進展に伴い,独占権の強い特許権の行使と生命倫理との間にバランスが必要になってきている。

キーワード:特許情報,倫理,冒認出願,公序良俗,生命倫理,独占権,不特許事由,不正競争防止法,TRIPs

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人文社会系研究者の生態と研究上の倫理
山本順一* 
*やまもと じゅんいち 図書館情報大学
 〒305-8550 茨城県つくば市春日1-2
 Tel. 0298-59-1332(原稿受領 2001.8.16)

これまで剽窃や盗作,盗用を除き,この国の人文社会系の学界では,不正行為や研究上の反倫理的行為というものは問題とされてこなかった。しかし,このことは日本の文科系学界がクリーンであったことを示しているわけではない。理工系の研究があたらしいものの発明,追試可能なあらたな事実,法則の発見を目標としているのに対し,文科系の研究は対象とする社会状況こそ異なるものの,人間と社会,社会現象を相手とすることに変わるところはない。多くの先賢の見解を引用し,異なった文化的背景をもつ外国の研究成果を取り入れながら,研究上の独創性を担保せざるを得ない。そこには,研究上の不正行為と反倫理的行為と紙一重の部分がうかがえなくもない。

キーワード:文科系研究者,研究上の倫理,学術論文,研究業績,著作権,盗作,代作

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文書管理に関するはじめての国際規格:その内容と用途
ジェームズ・C・コナリー(CRM),作山 宗久(翻訳)*
*さくやま むねひさ
 〒249-0001 神奈川県逗子市久木8-12-11
 Tel. 0468-72-4309(原稿受領 2001.9.20)

はじめて文書管理者は自らの領域に関する国際規格をもつことになった。これは文書管理の歴史における大きな里程標である。この規格,ISO 15489はオーストラリアの文書管理国家規格から出発してはいるが,ISO における討議をへて,世界の多くの国に受け入れ可能なようにつくられた。規格は2部からなり,第1部は抽象度の高い規範的な役割の規格であり,第2部は文書管理システムを構築・改善するにさいしての方針と手順のモデルを提供する指針の役目をはたす補足説明書である。本稿はISO 15489の内容・用途・影響をのべている。

キーワード:ISO 15489,文書管理,文書システム,文書の取り込み,国際規格,説明責任

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