「情報の科学と技術」2016年8月号 (66巻8号). 特集= POPカルチャー保存機関

特集:「POPカルチャー保存機関」の編集にあたって

今月号の特集タイトルは「POPカルチャー保存機関」です。
2014年11月に刊行された『アーカイブ立国宣言』は,欧州のEuropeanaや米国のDPLAのようなデジタルアーカイブのハブが日本でも設立されるべきであると,強く訴えています。この中では,マンガ,アニメ,ゲーム,テレビ番組など,従来サブカルチャーと呼ばれてきた分野の資料保存について,大きくページが割かれています。一方で,ファッション,風俗,世相などを形作ってきた大衆文化の保存についても,同様に保存の議論が盛んになっています。例えばSPレコードや貸本など,従来のMLAでは保存の対象から漏れていた資料も過去にさかのぼって発掘・保存する動きがあり,サブカルチャーだけでなく,広く「POPカルチャー」全般の保存が議論の俎上にあります。
本特集ではこういった「POPカルチャー」について,デジタルアーカイブではなく,現物そのものがどのような機関でどのように保存されるのか,「選択」「収集」「保存」「活用」における具体的な活動を通じて「現物保存の意義」にフォーカスを当てることにいたしました。
総論では,東北芸術工科大学の吉田正高氏に具体的な事例を取り上げつつ,氏の言葉を借りるならば,「「複製文化」「消費文化」である」大衆文化ゆえの保存と展示利用における課題について論じていただきました。この課題に対する取り組みとして,以下の5機関のみなさまに,それぞれ異なる材質を持つ大衆文化の現物保存についてご紹介いただきました。
資生堂企業資料館の佐藤朝美氏には資生堂の化粧品及びビューティーコンサルタントの制服について,印刷博物館の山口美佐子氏には雑誌・ポスター等の印刷物について,東京理科大学近代科学資料館の大石和江氏には計算機について,森永エンゼル財団の野秋誠治氏には森永製菓のお菓子の「おまけ」について,京都服飾文化研究財団の上山尚子氏には20世紀以降の服飾について,それぞれ取り上げていただきました。
今回執筆いただいた機関のいずれもが,「選択」「収集」の判断基準作りの困難さに言及しています。現代を生きる人々に当該文化を理解してもらうためには展示等の「活用」が必要な一方で,それによって発生する資料の劣化との闘いや,過去の特定の時点における「当時」を適切に「保存」することの困難さにも言及しています。しかし都度難しい判断を下しつつも,その基準や方法を定期的に見直すことで,発展を続けています。
本特集が,今回取り上げることのできなかったPOPカルチャー保存機関のみなさまにとって,また,こういった保存機関の存在をこれまでご存知なかったみなさまにとって,少しでもお役に立てれば幸いです。

(会誌編集担当委員:古橋英枝(主査),小山信弥,中村美里,松林正己,吉井由希子)

我が国におけるコンテンツ文化「資料」の保存と展示-現状と今後の課題-

吉田 正高 情報の科学と技術. 2016, 66(8), 398-401. http://doi.org/10.18919/jkg.66.8_398
よしだ まさたか 東北芸術工科大学 基盤教育研究センター
〒990-9530 山形県山形市上桜田3-4-5
E-mail: yoshida.masataka@aga.tuad.ac.jp        (原稿受領 2016.6.17)
我が国の戦後のコンテンツ文化(漫画,アニメーション,特撮,ゲームなど)における様々な物理的蓄積について,先行する歴史「資料」の保存管理も念頭に置きながら,コンテンツ文化における「資料」の位置づけと特性,保存管理,さらに展示について,これまでの経緯と今後の課題について概説した。
キーワード:コンテンツ文化,消費文化,娯楽文化,資料保存,展示

化粧品・制服の保存と活用

佐藤 朝美 情報の科学と技術. 2016, 66(8), 402-405. http://doi.org/10.18919/jkg.66.8_402
さとう ともみ 株式会社資生堂 企業文化部 文化資産マネジメントグループ
〒104-0061 東京都中央区銀座7-5-5        (原稿受領 2016.5.31)
企業にとって,自社の活動の足跡を示す資料は貴重な資産となる。将来,これらの資料に目を通した社員は,これから進む方向を判断する上での指針が得られるであろう。そこで当館では,自社の知的・感性的資産が将来にわたって有効活用されるように収集保存をしている。多岐にわたる収蔵品の中から化粧品と制服の保存について紹介する。
化粧品は一社の歴史にとどまらず近代日本の技術開発や産業文化の歴史を伝えることができる。さらに外装デザインは時代の雰囲気や芸術性まで感じさせるものがある。その化粧品の価値と資生堂の美意識をお客さまに伝えるスタッフの制服も合わせて保存し,活用している。
キーワード:化粧品,制服,資生堂,コスチューム,銀座

印刷博物館における収蔵資料の保存と管理

山口 美佐子 情報の科学と技術. 2016, 66(8), 406-411. http://doi.org/10.18919/jkg.66.8_406
やまぐち みさこ 印刷博物館
〒112-8531 東京都文京区水道1丁目3番3号トッパン小石川ビル
E-mail: misako.yamaguchi@printing-museum.org        (原稿受領 2016.5.19)
コレクション対象である印刷物並びに関連資料は時代的には幅広いが,印刷・発行年代が明らかな資料の大半を占めるのが,近現代の資料である。すなわち,大量印刷時代の印刷物であり,消耗品的色合いが濃い。これまで,博物館や美術館とは縁遠かった近現代の資料も,時を経て,当時の社会を知る上で重要な資料という認識が広まり,その価値も見直されてきている。
しかし,こうした印刷物には,長期保存に適さない素材が用いられていることが多い。また,資料から得られる情報が乏しいこともある。こうした資料を取り扱う,印刷博物館の取り組みついてまとめる。
キーワード:大量印刷,消耗品,近現代,酸性紙,錆,情報管理,長期保存,印刷博物館

小さな科学技術遺産の保存のとりくみ

大石 和江 情報の科学と技術. 2016, 66(8), 412-415. http://doi.org/10.18919/jkg.66.8_412
おおいし かずえ 東京理科大学近代科学資料館
〒162-8601 東京都新宿区神楽坂1丁目3番地
E-mail: ooishi_kazue@admin.tus.ac.jp        (原稿受領 2016.5.27)
大学博物館はその大学の特色や方針が垣間見られ,一般市民への広報部門として注目されてきている。現在,東京理科大学の神楽坂キャンパスに位置する東京理科大学近代科学資料館は大学が遺し収集してきた科学技術遺産を基に「計算機の歴史」を中心とした展示と,毎年その時々のトピックスを中心に企画展示を行ってきた。科学技術をわかりやすく解説する科学コミュニケーターとして様々なイベントを企画してきた経験の基づき,大学の持つ所蔵資料を調査・保存する学芸員として行っているとりくみについて実例と考察を述べる。
キーワード:大学博物館,計算機の歴史,大学コレクション,企画展,資料保存,科学コミュニケーター

お菓子の「おまけ」

野秋 誠治 情報の科学と技術. 2016, 66(8), 416-421. http://doi.org/10.18919/jkg.66.8_416
のあき せいじ 一般財団法人森永エンゼル財団
〒108-8403 東京都港区芝5-33-1 森永プラザビル内
E-mail: noaki@angel-zaidan.org        (原稿受領 2016.5.2)
お菓子の「おまけ」は,子どもの楽しみを倍増させるだけではなく,文化資源として時代を映す鏡でもある。本稿では,まず景表法に触れ,景品としての「おまけ」について説明する。その上で,「おまけ」そのものについての理解を深めるために,森永製菓の保有する様々な「おまけ」について取り上げる。森永製菓の史料室には1915年の「地理絵合わせ」カードに始まり,シール,小さなおもちゃ,商品パッケージと一体化した「おまけ」など,様々な「おまけ」が保存されている。最後に,「おまけ」の保存から活用までを,森永製菓の実例を紹介し,史資料としての「おまけ」の課題も指摘する。活用では,著作権法にも触れている。
キーワード:文化資源,おまけ,史料の保存・活用,不当景品類及び不当表示防止法,著作権法

KCIにおける服飾資料の保存

上山 尚子 情報の科学と技術. 2016, 66(8), 422-426. http://doi.org/10.18919/jkg.66.8_422
うえやま なおこ 公益財団法人 京都服飾文化研究財団 補修室
〒600-8864 京都府京都市下京区七条御所ノ内南町103
E-mail: info@kci.or.jp        (原稿受領 2016.5.9)
京都服飾文化研究財団(KCI)は,株式会社ワコールの出捐によって1978年に設立された,西欧の服飾及び,服飾に関する文献資料を,体系的に収集・保存・研究・公開する機関であり,同時に日本人デザイナーの活躍の発信も使命としている。現在,主に17世紀から今日までの服飾資料を1万3千点,文献資料を1万6千点所蔵している。KCIの活動内容紹介と共に,KCIにおける様々な形状,時代,コンディション,素材の服飾資料について,それらの保管前の処置と,収蔵庫における保管方法の実例を紹介し,現時点及び将来的な問題点について考察する。
キーワード:保存,保管,防虫,ファッション,アーカイブ,ファッションミュージアム,収蔵品,KCI,ワコール,京都服飾文化研究財団

次号予告

2016.9 特集=「専門図書館~公開型専門図書館を中心として」
(特集名およびタイトルは仮題)

  • 総論  公開型専門図書館の現状と課題
  • 各論1 ディープライブラリプロジェクトについて
  • 各論2 雑誌図書館「大宅壮一文庫」と索引作成の歩み
  • 各論3 病院の図書室-病院図書室と患者図書室,そしてその先へ
  • 各論4 神奈川県資料室研究会の研修活動への取組 月例会を中心
  • 連載:試験問題解説/著作権入門/情報分析・解析ツール紹介

など