「情報の科学と技術」 抄録

Vol. 63(2013), No.9

特集テーマ「e-Scienceとその周辺〜現状とこれから〜」

特集 : e-Scienceとその周辺〜現状とこれから〜

 今号では「e-Science」を取り上げます。
「e-Science」という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか。聞いたことのある方は「高度に分散化されたネットワーク環境で実施されるコンピュータを多用した科学などと言われ,主に自然科学の分野で,研究成果や研究過程で生み出される大量のデータを共有し,新たな研究への利活用を行おうとする取組み」等といった理解をされているかと思います。
 一方で近年,大量のデータを共有,活用するというe-Scienceと似た取り組みが,あらゆる分野で盛んに行われつつあります。ビジネスの分野では「ビッグデータ」や「クラウドコンピューティング」と呼ばれるさまざまな技術やサービスが普及し,ログ等の大量の生データを解析し,ビジネスに活きる知見を引き出す「データサイエンティスト」という専門家が注目を集めつつあります。自然科学分野では「オープンサイエンス」,「ビッグサイエンス」,「eリサーチ」等と呼ばれる取り組みが進みつつあり,一方で人文科学分野ではDigital Humanitiesという分野が隆盛し,研究分野を超えた学際的な研究も盛んになりつつあります。
 こういった動きの背景にコンピュータ技術の発展があることは言うまでもありませんが,そもそもe-Scienceとは一体何なのでしょうか。どのような点に特徴があり,どのような世界を目指しているのか,また近年のビッグデータやDigital Humanitiesといった動向とどのような共通点や相違点があるのでしょうか。さまざまな分野で似た概念や試みが乱立し,e-Scienceの意義や価値といった本質を正確に捉えることが難しい状況にあると言えるのではないでしょうか。
 本特集では,複数の観点からe-Scienceに関連する動向を取り上げ,このように捉えどころのない「e-Science」にまつわる現状を整理し,今後の展望を少しでも提示したいという思いから企画しました。
 慶應義塾大学の倉田敬子氏からは,e-Scienceを「二つの視点:研究プロセスと基盤」と「二つの指向:技術と社会」という二つの方向から興味深い概念整理をしていただき,オープンサイエンスやオープンデータ,ビッグデータ,cyberinfrastructureといった関連概念についても整理,解説をいただきました。
 ジョージタウン大学のスティーン智子氏からは,アメリカ合衆国での事例を中心に,資料のデジタル化やシチズンサイエンス等,e-Scienceに関わる動向について取り上げていただきました。
 自然科学研究機構国立天文台の大石雅寿氏からは,e-Scienceの実践事例として,天文学分野におけるヴァーチャル天文台プロジェクトを取り上げていただき,大量のデータをどのように解析,処理し,その中でどのような成果や課題が浮かび上がったのか,実践の観点から解説をいただきました。
 人文情報学研究所の永崎研宣氏からは,主に自然科学分野を対象とするe-Scienceとは異なる人文科学分野における関連動向として,Digital Humanitiesついて,これまでの歴史や現状,課題等について解説をいただきました。
 そして最後に東北学院大学の佐藤義則氏から,e-Scienceをはじめとする新しい動きに対し大学図書館はどう向き合っていくべきなのか,研究データの維持管理や提供といった研究データサービスについて,現状と課題を整理していただきました。
 以上の論考をお読みいただくと,e-Scienceという分野は,明確な定義すらも定まらない未だ試行錯誤の段階であること,海外と比較し,日本ではまだまだe-Scienceに関する取組みが乏しいことがお分かりいただけるのではないでしょうか。
 今後もさまざまな取組みや試行錯誤が行われ,変化の多い分野であると思われますが,大量データを共有し活用する動きはますます活発になりつつあります。日々情報と向き合う読者の皆さまが,大量データ時代にインフォプロとしてどのような価値を提供していくことができるのか,今後のサービスを考えていく際の材料としていただければ幸いです。
(会誌編集担当委員:白石啓(主査),上野友稔,高久雅生,鳴島弘樹,松下豊,松林正己)

e-Scienceとは

倉田 敬子

くらた けいこ 慶應義塾大学文学部
〒108-8345 東京都港区三田2-15-45
Tel. 03-5427-1219         (原稿受領 2013.7.1)

 e-Scienceを厳密に定義することなく,検討する視点として1)研究プロセスと2)基盤を,指向として1)技術的と2)社会的を定めた。当初から,研究を支援する基盤という方向からの議論が存在した。研究プロセスとしてのe-Scienceの構成要素として,1)共同性として「共同研究」と「オープンサイエンス」を,2)データとして「データ駆動科学」と「データ共有」を挙げた。オープンサイエンスとデータ共有が最近は注目されてきていることを示した。現在のところ,研究者はデータ共有の意義は認めながらも消極的であることを述べた。

キーワード:e-Science,データ共有,cyberinfrastructure,オープンサイエンス,データ,共同研究

e-Scienceと情報科学:パラダイムシフトに乗る

スティーン智子,Ph.D.

すてぃーん ともこ ジョージタウン大学,医学部,細菌免疫研究科
Department of Microbiology and Immunology, Georgetown University, School of Medicine
c/o Ms. Yvette Queen
Georgetown University Medical Center
Medical-Dental Building (3rd Floor)
3900 Reservoir Rd., NW
Washington, DC 20057
            (原稿受領 2013.7.29)

 1999年の,英国科学技術省のJohn Taylor所長の提唱以来,e-Scienceのアプローチが,色んな科学分野で,使われているという事が確認され,科学の方向性がさらに変わって来た。情報科学分野の方でもそれに見合う対応性が望まれる様になったので,アメリカでは,政府機関,大学,民間企業それぞれに,新しい動きが出て来ている。この論文では,いろんな例を上げて,e-Science時代に情報を提供するアーカイブズや図書館,さらに情報専門家に期待される施設や知識,さらに将来の展望なども,検討してみる。e-Scienceは,国境のない科学で,求められる情報も多言語で供給しなくてはならない。
キーワード:e-Science,WorldWideScience,Internet Archive,Biodiversity Heritage Library,クラウド・コンピューティング

天文学におけるe-Scienceの現状と課題

大石 雅寿
おおいし まさとし 自然科学研究機構 国立天文台
〒181-8588 
Tel. 0422-34-3575        (原稿受領 2013.6.26) 半導体技術やネットワーク技術の進展は,世界に分散する大規模データを活用するタイプの天文学という新しい研究パラダイムを生みつつある。ヴァーチャル天文台は,世界の関連するプロジェクトが合同で標準プロトコルを定め,大量のデータを活用する天文学研究を加速できることを示した。一方,将来の天文学において爆発するデータ生産率はテラビット毎秒を越える可能性があり,ペタフロップスクラスのスーパーコンピュータを用いた大規模データ処理が必要となると予想されている。さらには人手を介さない機械学習など情報学や統計科学との連携が非常に重要になってくると考えられる。
キーワード:ヴァーチャル天文台,半導体技術,高速ネットワーク,データ活用型天文学,データ爆発,大量データのスパコン処理

人文学分野とサイバーインフラストラクチャ

永崎 研宣

ながさき きよのり 一般財団法人人文情報学研究所
〒113-0033 東京都文京区本郷5-26-4-11F
Tel. 03-6801-8411         (原稿受領 2013.7.3)

 人文学分野においてもサイバーインフラストラクチャは欠かせないものになりつつある。歴史的には1940年代から取り組みが行われ続けてきたものであり,人文学研究者自身が積極的に取り組んでいくことがこれまで以上に重要になってきている。国際的にはすでに欧米の関連学会によって設立されたADHOを中心として大きな組織的枠組みができあがっており,我国もそこに参画している。個別のテーマとしては知的所有権をはじめ様々な事項に配慮しながら進めていかなければならない。また,評価や教育の体制等については,特に米国では人文学の側で新しい枠組みの構築に向けての取り組みが進みつつある。そこでは,我国の人文学の貢献の余地も大いにあり得る。
キーワード:人文学,デジタル・ヒューマニティーズ,TEI,ADHO,知的所有権,クリエイティブ・コモンズ,Unicode,Europeana

e-Scienceと大学図書館:研究データサービスへの対応

佐藤 義則

さとう よしのり 東北学院大学 文学部
〒980-8511 仙台市青葉区土樋1-3-1
       (原稿受領 2013.8.1)

 e-サイエンスあるいはe-リサーチといったデータ集約型の研究がますます広範囲に広がり,重要性を増す中で,データの共有や再利用を前提とした研究データ公開への要求が強まりつつある。研究データサービスとは,こうしたデータ公開を前提に,大学図書館がデータのライフサイクル全般にわたって一連の支援を提供するものである。本稿では,研究データ公開の論拠,資金提供機関による研究データ公開の義務化,問題点について整理したうえで,研究データサービスの現状と今後の課題について検討を行なった。
キーワード:研究データサービス,オープンアクセス,オープンデータ,研究データ,大学図書館,OA
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