「情報の科学と技術」 抄録

Vol. 62(2012), No.2

特集=「灰色文献」

特集 : 「灰色文献」の編集にあたって

 灰色文献というと,読者の皆様は誰もが「ああいうもの」とイメージすることができると思います。とはいえ,「ああいうもの」をコトバで説明しようとすると,非常に難しいこともお分かりでしょう。ごく簡単な定義である「一般的な商業流通ルートでは入手が困難な文献」として考えてみても,現在では情報の入手は必ずしも「商業流通ルート」だけではなく,Webからの情報入手も一般的に行われておりますので,これだけでは「ああいうもの」を定義するには不足することが明らかです。電子化の進展は情報流通に新たな道筋をつけ,かつては「灰色文献」と呼ばれた資料群の一部を,すでに「灰色」から脱却させつつあります。反面,Webでは検索することが困難な文献,Web上でしか存在せず長期的なアクセス保証に不安のある情報が多数生み出されるようになり,これらが新たな「灰色文献」になる危険性も考慮せざるを得ません。
 これらの状況を踏まえ,本特集では「灰色文献」と呼ばれる資料群の再定義をめざし,現在における「灰色文献」の課題と,その検索可能性・入手可能性を将来にわたり確保するための方策について検討します。
 「灰色文献」の定義は時代とともに変化しています。日本原子力開発機構の池田氏からは,灰色文献国際会議での過去の議論を踏まえ,その定義がどのように変遷しているのかについて,また,これまでの議論から見落とされている視点について論じていただきました。本特集における「問題提起」と位置付けられましょう。
 皆様がイメージされる灰色文献の代表例として,公文書や会議資料など,官公庁から発行される資料が挙げられると思います。これら「古典的な灰色文献」も今日ではその多くがWebで取得できる可能性が高くなっています。国立国会図書館の長崎氏からは,これら古典的灰色文献の現在についてご報告いただきました。とはいえ,これら「古典的な灰色文献」のすべてが「灰色」から脱却できたとは言い難い現実もあります。桃山学院大学の山本先生からは,官公庁資料をはじめ,博士論文や科研費報告書など,各種の灰色文献を入手可能とするための法的な基盤とその実態について,日本と米国の事例を比較しつつ論じていただきました。
 灰色文献を「検索しづらく,そのために入手が困難な資料」の範囲まで広げると,古典的な灰色文献のみならず,非文字資料もまた「灰色文献」の範疇に含めることができましょう。愛知淑徳大学の伊藤先生からは,楽譜や録音資料など音楽分野を例として,非文字資料を灰色文献のカテゴリーに位置付けて検討することの重要性をご指摘いただきました。
 私たちにとってなじみ深い「紀要」もまた,日本独特の灰色文献であると言われます。紀要がなぜ「灰色文献」とみなされてきたのか,そして現在,紀要は灰色から脱却できているのか,千葉大学の竹内先生に論じていただきました。
 本特集が,図書館を特徴づける「灰色文献」という資料群を見つめなおすきっかけとなり,皆様が持っていらっしゃる「ああいうもの」像に,新たなイメージを構築する一助となりましたら幸いです。
(会誌編集担当委員:野田英明(主査),權田真幸,白石啓,高久雅生,中村美里)

問題提起:灰色文献定義の再考

池田 貴儀
いけだ きよし 独立行政法人日本原子力研究開発機構
研究技術情報部 原子力情報システム管理課
〒319-1195 茨城県那珂郡東海村白方白根2-4
Tel. 029-282-6598(原稿受領 2011.12.2)

 灰色文献は,一般の商業出版ルートでは入手が困難な文献である。近年は,機関リポジトリの普及等により,灰色文献もWeb上に全文情報が公開され,容易にアクセスが可能になりつつある。しかし,灰色文献のアクセシビリティは解決されていない。本稿では,灰色文献国際会議(International Conference on Grey literature)における議論の中で提案された灰色文献の定義を紹介し,灰色文献に関する論点整理と問題提起を試みた。灰色文献のアクセシビリティは今日に至っても多くの課題が存在し,Web上の情報源は永続的なアクセスが保証されていないという新たな課題も存在する。灰色文献のアクセシビリティに関する課題の解決には,図書館員の持つ専門知識と経験が活かされるべきである。

キーワード: 灰色文献,非市販資料,商業出版,図書館員,テクニカル・レポート,会議録,灰色文献国際会議

古典的灰色文献の現状と展望
-政治・法律・行政分野を中心に-

長崎 洋
ながさき ひろし 国立国会図書館調査及び立法考査局連携協力課
〒100-8924 東京都千代田区永田町1-10-1
Tel. 03-3581-2331(代) (原稿受領 2011.12.21)

 政治・法律・行政分野の文献には,内容的に公開しても差し支えないものが多い。また,その作成のお金の出所から考えて広く公開されるべきものが多いと思われる。それにもかかわらず,入手しにくいものが少なくないように感じられる。本稿では,まず,そのような文献を類型化し,次に,インターネット情報の発達によってそれらの入手可能性が高まっていることを述べる。最後に,今後の更なる文献の公開とその保存について,概観する。その際,これまで灰色文献に取り上げられることがあまりなかったと思われる,通達を収録した資料および国会の資料にも言及している。

キーワード: 灰色文献,官公庁パンフレット,審議会資料,委託業務報告書,通達,議会資料,インターネット資料,アーカイブ

紙からデジタルへの灰色文献と図書館サービスとの関係をめぐる法的諸問題

山本 順一
やまもと じゅんいち 桃山学院大学
〒594-1198 大阪府和泉市まなび野1-1
Tel. 0725-54-3131(原稿受領 2011.12.1)

 政府の場合,保有する機密情報や法令上非公開とされている情報を除き,国民に公開すべきものであり,その一部は灰色文献を構成してきた。また,学術情報についても,たとえば,博士論文は一般市民には近づきがたく,グレーな情報にとどまってきた。民間の企業や団体が保有する価値ある情報が,灰色文献として,一部でひそかに活用されてきたこともある。従来は,このような小規模潜行出版による紙媒体資料としての限界から,灰色文献として取り扱われてきたものが,最近ではその少なくない部分がデジタル化され,インターネット上で利用できるようになった。本稿は,日本法の枠内で,紙媒体からオンラインのデジタルコンテンツに変貌しつつある‘灰色文献’を法的に検討しようとする。

キーワード: 灰色文献,政府刊行物,寄託図書館制度,国立国会図書館法,博士論文,文部科学省科学研究補助金成果報告書,総合研究開発機構

音楽分野のグレイリソース

伊藤 真理
いとう まり 愛知淑徳大学人間情報学部
〒480-1197 愛知県愛知郡長久手町長湫片平9
Tel. 0561-62-4111(原稿受領 2011.12.19)

 音楽分野では,グレイリソースとしてエフェメラの収集や管理について検討されている。本稿では,音楽分野のエフェメラとして,楽譜の種類の1つであるsheet musicと,演奏会プログラムをとりあげた。また,録音資料については,流通と媒体の一過性に着目して検討した。デジタルアーカイブズの構築に伴って,エフェメラに関するメタデータの検討も重要となっている。楽譜に関しては,アメリカ音楽図書館協会によるガイドラインが策定されており,演奏会プログラムについては,国際音楽資料情報協会のワーキンググループによって検討が進められている。様々なグレイリソースへの効率的なアクセスについて,さらに検討が必要であろう。

キーワード: 音楽情報,グレイリソース,エフェメラ,楽譜,録音資料,演奏会プログラム

大学紀要というメディア:
限りなく透明に近いグレイ?

竹内 比呂也
たけうち ひろや 千葉大学文学部
〒263-8522 千葉市稲毛区弥生町1-33
Tel. 043-290-3023(原稿受領 2011.12.2)

 日本の紀要,特に大学紀要の現状について,その定義の困難さ,歴史,掲載論文の特性,質についてのこれまでの議論に着目してレビューした。紀要が学会誌や専門誌に取って代わられなることなく継続して刊行されている理由を,特に人文社会科学における研究や研究者の意識などから検討した。また紀要の電子化について,機関リポジトリの発展および大学図書館間のILLの状況を踏まえて現状を述べた。最後に,学術情報メディアとしての紀要の質の確保と, 紙媒体と電子版が共存するハイブリッド環境下において書庫狭隘化に直面している大学図書館における合理的な紀要管理の方向性について議論した。

キーワード: 大学紀要,学術雑誌,機関リポジトリ,図書館間相互貸借(ILL),電子化,研究成果

連載:たまに使う各国特許庁Webサイトの紹介(5)
たまに使う各国特許庁Webサイトの紹介:ロシア・ユーラシア編

永吉 拓也
ながよし たくや 日本技術貿易(株)
〒105-0003 東京都港区西新橋7-3
Tel.03-6203-9431(原稿受領 2011.11.22)

 新興国の経済発展に伴い,新興国における知的財産の重要性も高まりつつある。本稿ではロシアに焦点をあてて,ロシア連邦知的財産権特許商標庁およびユーラシア特許庁のWebサイトとその検索機能について紹介を行う。日米欧の特許庁が提供するデータベースに比べれば検索機能はそれほど充実していないが,ステータス情報や明細書の原文テキストデータなど,他のデータベースからは得られない有益な情報も収録されている。まだまだ馴染みのないロシア語特許であるが,データベースの特徴を理解した上で,こういった情報を活用していく必要があるだろう。

キーワード: ロシア,ユーラシア,BRICs,新興国,特許,実用新案,知的財産,調査,権利状況,ステータス,翻訳
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