「情報の科学と技術」 抄録

Vol. 61 (2011), No.7

特集=「知財へのまなざし」

特集 : 「知財へのまなざし」の編集にあたって

 あなたにとって,「知財」とはどのような存在でしょうか?
 企業内における知的財産に関する活動は,各部門との連携・協働があって初めて成り立つものです。知財調査も,研究・開発部門をはじめ,管理・経営部門や企画部門など,各部門からの依頼によってスタートし,それぞれの情報ニーズに沿った回答を示すことが求められます。各部門が「知財」をどのように認識しているのか,その差異は情報ニーズの相違となって現れます。如いては,調査担当者への期待も,依頼者の立場,依頼者の「知財観」によって,自ずと変わってくるものなのかもしれません。
 そこで本特集では,企業の知的財産に関連する様々な立場や部門に所属されている執筆者の皆様から,知財活動をどのように見ていらっしゃるのかを論じていただきました。知財にかかわる人たちの目線で改めて知財機能を認識することによって,調査担当者や図書担当者が自らの役割と知財周囲との関係を深く考察するきっかけを作ることが,本特集の大きな目標です。
 特許庁の渋谷氏からは,国内外の特許出願状況に関する多くのデータを俯瞰した上で,わが国企業における知財活動の課題と特許情報スペシャリストへの期待を論じていただきました。また日油の早崎氏からは,企業の経営層という立場から,近年の経済情勢によって企業活動がどのように変化しているのか,これにより知財部門にどのような役割が求められているのかを論じていただきました。かつて知財調査をご担当されており,現在は開発部門に籍を置く三井化学の南崎氏は,知財部門との連携・協働がどのように行われているのか,また開発担当者はどのような役割を知財部門に期待しているのかを論じて下さいました。
 知財部門の業務は「調査担当」と「権利化担当」に分けることができましょう。NTTの小林氏は,「権利化担当」の立場から,調査担当との協力体制をどのように構築しているのかを論じて下さいました。一方,知財部門を支える「図書・情報部門」との協力のあり方について,日本化薬の松谷氏から,図書部門を知財部門に所属させることで,効率的な情報提供を進めている事例をご報告いただきました。
 南崎氏は次のように喝破しています。「知財へのまなざしとは,知財部門・機能への期待に他ならない」。多くの方が,それぞれの立場から注ぐ「知財へのまなざし」,それは知財部門に対する,熱い期待でもあります。本特集が読者の皆様にとって,「知財とは何か,知財インフォプロとは何か」をあらためて考える契機となりますことを願ってやみません。
 なお本特集は,情報科学技術協会パテントドキュメンテーション委員会と会誌編集委員会のコラボレーション事業として企画いたしました。パテントドキュメンテーション委員会から全面的な協力を得ることで,初めて実現できた特集です。南田前委員長,臼井委員長をはじめとする同委員会の皆様に,この場をお借りいたしまして深く感謝申し上げます。
 (会誌編集担当委員:野田英明(主査),權田真幸,矢田俊文)
(協力:パテントドキュメンテーション委員会)

特許出願動向からみえる世界経済の動き
 −新興国市場の魅力と脅威−

渋谷 善弘
しぶや よしひろ 特許庁特許審査第二部生産機械・ロボティクス室長(前(独)工業所有権情報・研修館人材育成部長)
〒100-0013 東京都千代田区霞が関3-4-3
(原稿受領 2011.4.28)

 わが国特許庁への特許出願は減少傾向にある一方,世界の特許出願は増加しており,特に中国の出願の増加が顕著である。新興市場での事業リスクを低減するためには特許情報の分析が重要であり,これを担う特許情報スペシャリストの重要性は高まっている。しかし,新興国で特殊言語のみで発行される特許文献の数が急増しており,調査・分析が困難な状況にある。新興国で発行される特許文献を効率的に調査できる環境整備が官民で必要となっている。

キーワード: 新興国,新興国市場,中国,特許情報,特殊言語,事業リスク,特許情報スペシャリスト,特許庁,国際知財戦略

これからの知的財産活動
 −特許情報について−

早普@泰
はやさき やすし 日油梶@知的財産部
〒150-0013 東京都渋谷区恵比寿4-20-3 恵比寿ガーデンプレイスタワー19階
Tel. 03-5424-6739(原稿受領 2011.5.1)

 リーマンショックと呼ばれる経済危機の影響は,日本企業の利益の源泉であった欧米市場の成長の停滞をもたらし,その事業戦略の大転換を余儀なくさせた。グローバル経済はその真の姿を現し,日本経済はこれと真剣に向き合わなければならない。成長する市場を求める事業運営は,必然として各企業の知的財産活動にも大きな変革を求めている。
 国内の特許出願件数は2001年をピークに減少傾向を続けてきたが,世界の出願件数は新興国を中心に伸び続けており,2010年の実績では中国への出願が日本への出願を上回ると推定されている。新しい市場,新しい顧客に対応し,熟知せざる知的財産環境での競争に飛び込んでいかねばならない。今までの常識を捨て,多様な文化,法運用体系,言語に向きあって生き残るための知的財産情報処理能力を養っていかねばならない。

キーワード: 経済危機,グローバル化,特許,情報処理,出願件数,費用,新興国,中国,言語

新事業開発の現場から見た知財

南崎 紀子
みなみざき のりこ 三井化学梶@機能化学品事業本部 企画管理部 事業開発G
Tel. 03-6253-3874(原稿受領 2011.5.10)

 新事業や新製品の開発現場では,知財部門との協働・連携は欠かせない。開発の初期から上市に至るまでの各段階で,各種の情報調査,出願・権利化,障害特許対応などの知財アクション,知的財産戦略の策定など様々な知財機能が関わってくる。事業サイドで新事業・新製品開発を担当する部門から知財機能に期待することは,高品質な実務に加えて,情報分析やアドバイス,提言といった戦略策定に関わる支援機能である。本稿では,情報部門から,事業部門に異動して,異なった視座から見た知財機能への期待を,特に情報調査機能を中心に述べる。

キーワード: 新事業開発,知的財産活動,事業環境分析,特許情報,インフォメーション・プロフェッショナル

知的財産部門における調査担当との効率的な協力体制を目指して
 〜『通訳』としての権利化担当の役割〜

小林 哲雄
こばやし てつお 日本電信電話梶@知的財産センタ 権利化担当,弁理士
〒180-8585 東京都武蔵野市緑町3-9-11 NTT武蔵野研究開発センタ1号館
(原稿受領 2011.5.12)

 特許サーチャーと研究者・開発者の間の意思の疎通がうまくいかない場合の原因は何であろうか? 知的財産部門において調査が重要な役割を果す業務である,(1)無効化文献調査,(2)特許クリアランス調査,(3)発明発掘を支える特許調査,(4)萌芽期の研究支援活動を支える特許調査,を題材にして問題の所在を検討する。そして本稿では,同じ知的財産部門に属する権利化担当と特許サーチャー(調査担当)がより効率的に協業作業を行うための方法として,権利化担当が調査業務のスキルをある程度まで習得し,研究者・開発者と特許サーチャーとの『通訳』としての役割を果すことを提案する。

キーワード: 特許調査,知的財産部門,協働作業,情報検索,発明発掘

知的財産部に所属する図書館の運営
 −知財と図書館の協働−

松谷 貴己
まつたに たかみ 日本化薬 研究開発本部新 知的財産部 情報グループ
〒115-8588 東京都北区志茂3丁目31-12番地
(原稿受領 2011.5.9)

 知的財産部が管理,運営する図書室について紹介する。この図書室は各事業部に所属する研究部門の図書室を2005年に統合してできたものである。一般的な企業図書室(専門図書館)の機能のほか,調査を専門とするスタッフの配置により,技術面での専門知識,調査能力,事業意識の高い図書室の運営を目指している。

キーワード: 知的財産,専門図書館,情報専門家,調査スタッフ,研究開発,事業意識
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