「情報の科学と技術」 抄録

Vol. 60 (2010), No.2

特集=「資料保存:メディアの劣化と対策」

特集 : 「資料保存:メディアの劣化と対策」の編集にあたって

 従来,図書館資料といえば紙メディアが中心でした。しかし,80年代後半からデジタルメディアが加わり,その多彩さに拍車がかかっています。そのことが図書館利用に与えた影響には大きなものがありますが,その中で浮かび上がってきたのが,メディアの劣化という問題でした。
 どの資料を保存し,どの資料を捨てるのか,また,保存と一口に言っても,現物保存なのか,メディアを変換して保存するのか,どのような修復を行うのか,その選択肢は資料の多様性と相まって,数限りなくあり,現場の図書館員もどこからどのように手をつけてよいのか戸惑っているように思われます。そのような図書館員に向けて,本特集では,資料保存の計画の立て方・考え方に始まり,デジタルメディアを中心とした図書館資料の保存,保存環境とIPM(総合的有害生物管理)の構築,修復技術の最近の動向,図書館における資料保存研修について取り上げていきます。ここで特筆しておきたいのは,コンピュータゲームの保存についての論文を掲載できたことです。コンピュータゲームの保存は,従来は顧みられることの少なかったテーマだけに先駆的なものとして評価できるでしょう。
 「資料保存」というテーマの大きさに比して,取り上げることができた部分はわずかではありますが,これが単なる情報提供にとどまらず,現場の図書館員による資料保存の実践に寄与するものになれば幸いです。
(会誌編集担当委員:吉田幸苗(主査),川瀬直人,服部綾乃,權田真幸)

資料保存の考え方 −現状と課題−

小島 浩之
こじま ひろゆき 東京大学大学院経済学研究科
〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1
Tel. 03-5841-5591 (原稿受領 2009.11.24)

 資料保存を指す言葉にプリザベーション,コンサベーションがあり,これらは,戦略や戦術などと近似する意思や方向性の決定を伴う概念である。本稿では資料保存における意思決定プロセスに着目し,日本の図書館における資料保存について分析し,その留意点や問題点の整理を試みる。まず種々の保存に関する理論的枠組みのうち,主要なものをとりあげてこれらが現在の資料保存の枠組みに与えた影響の大きさを考察する。その後,実際の保存計画の立案や保存対策のおける意思決定プロセスに焦点を絞り,資料保存の理論的枠組みがどのように利用されているかを概観する。

キーワード: プリザベーション,コンサベーション,保存ニーズ,利用の頻度,修復の4原則,段階的保存プログラム,状態調査,環境調査,意思決定プロセス

デジタル情報保存のリスク:
 記録メディアの劣化・陳腐化とファイルフォーマットの陳腐化

大島 茂樹
おおしま しげき 国立国会図書館関西館収集整理課
〒619-0287 京都府相楽郡精華町精華台8-1-3
Tel. 0774-98-1200(代表)(原稿受領 2009.11.20)

 記録メディアの劣化・陳腐化やファイルフォーマットの陳腐化は,デジタル情報保存にとって大きなリスクとなる。これらの問題への対処としては,適切な記録メディアの劣化防止策をとること,マイグレーション(新しい記録メディアへのデータ移行)を行うこと,ファイルフォーマットの陳腐化のリスクを管理し,フォーマット変換等の対策をとることなどが考えられる。本稿では,主な記録メディアの劣化寿命および劣化防止策について述べ,そのマイグレーション方策についても検討する。また,主に海外で行われている,ファイルフォーマットの陳腐化のリスクを管理するための取り組みを紹介する。

キーワード: デジタル保存,記録メディア,記録メディアの劣化,記録メディアの陳腐化,ファイルフォーマットの陳腐化,フォーマットレジストリ,PRONOM,AONS II

保存環境とIPM(総合的有害生物管理)

木川 りか
きがわ りか 独立行政法人国立文化財機構 東京文化財研究所保存修復科学センター
〒110-8713 東京都台東区上野公園13-43
Tel. 03-3823-4875 (原稿受領 2009.11.27)

 わが国では,2004年末に臭化メチルの使用が全廃されるまで,数十年間にわたって臭化メチルと酸化エチレンの混合ガスが図書館・文書館などでの書籍の殺虫・殺菌に使用されていた。しかし,そのような処理による青焼き文書などの異臭の問題や,酸化エチレンの発ガン性の問題などによって,書庫全体の大規模燻蒸という選択は現在では困難となってきている。一方,近年では資料保存の全般にわたり,Preventive conservation,予防的保存の考え方によって,さまざまな要因による資料の被害を事前に予測し,被害を未然に防ぐ方向へシフトしつつある。デジタルメディアの媒体の保存については他稿に譲り,本稿では,あくまでも「主に紙媒体の資料の生物被害の対策」という点に的を絞り,保存環境とIPM(総合的有害生物管理)について述べる。

キーワード: 総合的有害生物管理,保存環境,資料保存,予防的保存,資料の殺虫

近代の紙媒体記録資料の保存修復技術

木部 徹
きべ とおる 去送ソ保存器材
〒113-0021 東京都文京区本駒込2-27-16
Tel. 03-5976-5461 (原稿受領 2009.11.24)

 近代の紙を媒体とした記録物は酸性化,酸化等の化学的な原因により著しい傷みが生じており,図書館やアーカイブに所蔵されている膨大な書籍や文書の多くが,利用できない状態になっている。本稿ではこうした紙媒体記録資料の劣化メカニズムを解説し,現段階での現物を対象にした保存修復技術,特に群としての資料を対象にしたマス・コンサベーションと,傷ませないことを優先させるプリベンティブ・コンサベーションの技術を概観するとともに,こうした技術を図書館等が導入する際の論理的かつ効果的な方策を提示する。

キーワード: 資料保存,酸性紙,酸性化,酸化,マス・コンサベーション,予防的保存手当て,保管環境

コンピュータゲームアーカイブの現状と課題

後藤 敏行
ごとう としゆき 日本女子大学 家政学部 家政経済学科
〒112-8681 東京都文京区目白台2-8-1
(原稿受領 2009.11.01)

 コンピュータゲームは一大産業化し,現代文化の要素になっているため,保存して後世に残す必要があると考えられる。保存に対する課題には,メディアの短命さや技術の陳腐化がある。対策にはマイグレーション,エミュレーション等があり,特にエミュレーションに期待が集まる。だが,完成された技術ではまだなく,著作権や特許権を侵害する可能性もある。複数のコンピュータゲームアーカイブがすでに設立され,運用を開始している。それらは,世界のすべてのコンピュータゲームを収集するには至っていない。今後の施策として,ゲーム会社とコンピュータゲームアーカイブの連携協力や,図書館界の一層のコミットメントを提言する。

キーワード: コンピュータゲームアーカイブ,ゲームアーカイブ,コンピュータゲーム,テレビゲーム,ゲーム,デジタルアーカイブ,サブカルチャー,ゲームアーカイブプロジェクト,国立国会図書館,東京国際マンガ図書館

できることから始めてみよう:
 京都大学の図書館における資料保存活動

山ア 千恵*1, 天野 絵里子*2
*1やまざき ちえ
京都大学人間・環境学研究科・総合人間学部図書館
〒606-8501 京都市左京区吉田二本松町
Tel. 075-753-6525
*2あまの えりこ
国際日本文化研究センター
〒610-1192 京都市西京区御陵大枝山町3丁目2番地
Tel. 075-335-2062
(原稿受領 2009.11.30)

 資料保存環境整備部会の活動を中心に,京都大学の図書館における資料保存活動について具体的に報告する。資料保存環境整備部会は,「資料保存環境の点検調査と基準・指針の提示」「資料保存に関する情報の提供と支援(ウェブサイト,職員研修等)」「資料の劣化対策」をその使命とし,2007年に設置され,各種研修や情報の共有化,啓発活動を行っている。部会が設置された背景として,職員が自発的に始めた資料保存ワークショップの活動や,海外での貴重な研修体験を紹介しながら,最後に,専門的な知識や予算が少なくても「できることから」始めることが資料の保存にとって重要であることを提言する。

キーワード: 資料保存,業務改善,保存環境調査,自発的,ワークショップ,研修,情報の共有化
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