「情報の科学と技術」 抄録

Vol. 56 (2006), No.3

特集=「デジタル・レファレンス・サービス」

特集:「デジタル・レファレンス・サービス」の編集にあたって

日本はインターネット環境では世界のトップクラスに属しながら,公共図書館でのインターネット接続端末機の普及は遅々として進まない。図書館最先進国アメリカではニューヨーク・タイムズが昨年6月下旬に報じた記事によれば,公共図書館の98%以上で端末機設置済みだという。レファレンス・サービスでは新しいメディア(電話なりファックス)が登場するたびにさまざまな応用がなされてきたが,今回のデジタル革命ほどサービス全体への影響力は少なかったろう。
 インターネット上の電子情報資源(電子ジャーナル,データベースや映像資料等を含む)環境の充実にともなって,レファレンス・サービスの運営も大きく変化している。上述のレファレンス・サービスへの新しい通信メディアの導入では,サービスの内実(回答作業)に大きくインパクトを与えることはなかった。ところが,回答の典拠情報にデジタル資料が含まれることによって,メタデータと典拠情報の関係にも新たな関係性がうまれている。その動きを国内と海外の両方からレビューし,かつまた展望をお願いすることにした。
 日本からは代表的デジタル・レファレンス・サービスとして国立国会図書館が推進する『レファレンス協同データベース事業』にその進捗動向を報告して頂いた。類似した事例として世界的なデジタル・レファレンス・サービスを展開するOCLCのQuestionPointに参加の2館にも事例報告をお願いした。さらにレファレンス情報の信頼度を図書館として保証してきた典拠ファイルと件名の関係性を精緻化する基準の仕様FRARとFRANARの動向も詳論していただき,さらにデジタル情報資源そのものの意義をWikipediaの分析の詳論をいただいた。いずれも各々の先端的ポジションでの経験を踏まえて議論が斯界の問題点を剔怏していると確信する。図書館のフロント・ラインに立たれる読者諸賢に資するところがあれば編集担当としては幸いである。
(会誌編集特集号担当委員:松林正己,大田原章雄,吉間仁子)

総論:デジタルレファレンスサービスの現在

小田 光宏
おだ みつひろ 青山学院大学文学部
〒150-8366 東京都渋谷区渋谷4-4-25
Tel.03-3409-6043(原稿受領 2006.1.6)

本稿は,デジタルレファレンスサービスの概要を示し,伝統的なレファレンスサービスとの相違を明確にすることを目的として,日本における現状を整理する。まず,用語の広がりを確認した上で,依拠する概念を確定する。また,先行研究における主要な関心事を指摘する。次に,コミュニケーション機能,インフォメーション機能,ネットワーク機能の点から,ICTを活用したレファレンスサービスの様相を考察する。最後に,デジタルレファレンスサービスの特性を,時間的対応,遠隔利用,協同の可能性,職員の新たな役割,サービス構造の変容の5点に集約し,分析を行う。

キーワード: 図書館サービス,情報サービス,デジタルレファレンスサービス,バーチャルレファレンスサービス,協同レファレンスサービス,レファレンスライブラリアン,レファレンスネットワーク,ナレッジベース

レファレンス協同データベース事業に見るデジタルレファレンスサービス

依田 紀久
よだ のりひさ 国立国会図書館関西館事業部電子図書館課
〒619-0287 京都府相楽郡精華町精華台8-1-3
Tel.0774-98-1474(原稿受領:2005.12.28)

レファレンス協同データベース事業は,全国の図書館で行われているレファレンスサービスの記録や,そこで蓄積された調べ方に関する情報などをデータベース化し,図書館におけるレファレンス業務や,一般の人々の情報検索に役立てることを目的とする協同事業である。本稿ではまず,この事業の概要と現況を解説する。その上で,事業を通じて見て取れる参加館のレファレンスサービスの変化を,具体的に紹介する。最後に,今後のデジタルレファレンスサービスの課題について私見を述べる。

キーワード: レファレンス協同データベース事業,レファレンスサービス,レファレンス事例,情報通信技術,協同

QuestionPoint:導入事例と今後の予定

林 賢紀*1,松山 龍彦*2,新元 公寛*3
*1はやし たかのり 農林水産省農林水産技術会議事務局筑波事務所研究情報課
〒305-8601 茨城県つくば市観音台2-1-9
Tel.029-838-7283
*2まつやま たつひこ 国際基督教大学図書館
〒181-8585 東京都三鷹市大沢3-10-2
Tel.0422-33-3669
*3にいもと きみひろ (株)紀伊国屋書店 OCLCセンター
〒150-8513 東京都渋谷区東3-13-11
Tel.03-5469-5923
(原稿受領 2006.1.6)

本報告はOCLCと米国議会図書館が中心に開発,運用しているオンラインレファレンスネットワークシステムQuestionPointの概要,機能,導入事例,今後の展望をのべる。農林水産研究情報センターでの導入事例では,レファレンスサービスのネットワークを通しての全国展開に加え,レファレンスの受理と回答を通じた国際的なレファレンスサービスの事例についても紹介する。国際基督教大学図書館での導入事例では,外国製システムの日本語の扱いに関する問題点と自館のサービス体制の中での問題についても論じている。

キーワード: 米国議会図書館,OCLC,レファレンスサービス,クエスチョンポイント,デジタルレファレンス,農林水産研究情報センター,国際基督教大学図書館

デジタル・レファレンス・ツールとしてのWikipedia

兼宗 進
かねむね すすむ 一橋大学 総合情報処理センター
〒186-8603 東京都国立市中2-1
Tel.042-580-8440(原稿受領:2006.1.11)

Wikipediaは,市販の百科事典を凌駕する巨大な百科事典である。従来の百科辞典と比較して,(1)300万に迫る項目が解説されている,(2) 200種類を超える世界中のさまざまな言語の辞典が作られている,(3)日々改定が行われており時代に即した新規項目が充実している,(4)世界中のボランティアの手によって編集が行われていることが,大きな特徴である。本稿では,Wikipediaの概要を紹介し,レファレンスサービスでの利用の可能性について述べた後,関連するいくつかのプロジェクトとWikipediaの課題を解説する。

キーワード: ウィキペディア,デジタル・レファレンス・ツール,ウィキ,百科事典,ワールド・ワイド・ウェブ,インターネット

典拠コントロールの現在:FRARとLCSHの動向

渡邊 隆弘
わたなべ たかひろ 神戸大学附属図書館
〒657-8501 神戸市灘区六甲台町2-1
Tel.078-803-5313(原稿受領:2006.1.11)

目録の集中機能を担う典拠コントロールは,レファレンスの品質を確実にするためにも欠かせないものである。本稿では,典拠コントロールの2つのトピック, FRARとLCSHを概説する。FRAR(『典拠レコードの機能要件』)は,IFLAがFRBRに続いて作成している,名前典拠を主対象としたE-R分析による概念モデルである。公開草案に述べられた典拠ファイルの機能と利用者タスク,さらに「実体」「属性」「関連」の分析について述べる。世界的に広く用いられている件名標目表であるLCSH(米国議会図書館件名標目表)については,その基本的特徴や標目・細目・参照構造の概略,さらに近年の動向について述べる。

キーワード: 典拠コントロール,FRAR,FRANAR,E-Rモデル,名前典拠,LCSH,件名標目表

投稿:引用特許分析の有効性とその活用例

六車 正道
むぐるま まさみち 六車技術士事務所
〒103-0027 東京都中央区日本橋3-2-14 日本橋KMビル
Tel.050-8007-7906(原稿受領:2005.12.15)

特許審査における被引用(Forward Citation)の回数は,重要特許ほど多いという実験データを示した。次に,米国特許において最も被引用回数の多いものを示し,その特徴をのべた。また,特許1件当たりの被引用回数(インパクト指数)により,企業ごとの特許の質を示し,さらに重要特許がどのような企業にいつ頃,被引用されているのか分析可能なFCA(Forward Citation Applicant)マップを示した。また,半導体と磁気ヘッドに関して被引用データによって企業比較を行い,M&Aなどの参考資料にも役立つことを示した。

キーワード: 引例特許,被引用,Forward Citation,インパクト指数,特許評価,企業比較,M&A

第2回情報プロフェッショナルシンポジウム ラウンドミーティング その1
オープンアクセスの議論点,最近の動向,日本の学術出版への影響

尾身 朝子*1,時実 象一*2,山崎 匠*3
*1おみ あさこ 東海大学総合科学技術研究所
〒151-0063 東京都渋谷区富ヶ谷2-28-4
Tel.03-3467-2211(原稿受領:2006.1.23)

電子ジャーナルのオープンアクセスの動きは,米国の国立衛生研究所(NIH)の助成研究成果論文公開の方針で新しい段階を迎えた。NIHは2005年2月に助成研究の成果については、論文刊行後12カ月以内にNIHの電子ジャーナルサービスPubMed Centralにその最終原稿の電子版を提供し、無料公開するように求める方針を発表し、この方針は2005年5月2日から実施された。また、英国の有力な研究助成団体であるWellcome財団も、5月にオープンアクセスの方針を発表した。これら海外の動きが日本の学協会に与える影響も少なくない。
日本化学会が6月にオープンアクセスを発表した。オープンアクセスの議論点を整理し、考えられる影響や必要な対応について述べる。

キーワード: 電子ジャーナル,オープンアクセス,国立衛生研究所,NIH,研究助成,PubMed Central,Wellcome財団,UKRC,学術出版, 機関リポジトリ

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